第26話

 委員会には、各クラスと部の代表者が集まっていた。葵は今日遅くなると言っていたから、部の方にもあとで内容を報告に行かなきゃ。

「ここ、空いていますか?」

 私の席の隣に、見かけない男子が座ろうとしていた。

「あ、はい、空いてます!」

 葵のためにと隣を空けておいたのだけれど、知らない男子に突然話しかけられて、緊張してとっさに私は答えてしまった。

「ありがとう」

 誰だろう?様子からすると1年生だと思うけど、あまり見かけない顔だな。

 でも横顔がとても整っている。静かにまっすぐ前を見ている。その顔に少し見惚れてしまった。私、この顔、好みかも。

「どうかした?」

 気がつくと、微笑みながら彼がこちらを訝しげに見ていた。

「あ、いや、何でもありません!大丈夫です!」

 大丈夫って、どういう意味よ・・。と自分の言葉に対して焦っていたら、彼が声をかけてくれた。

「僕は1年4組の水上丞です」

「あ、私は3組の葉月栞です!よろしくお願いします!」

 よかった、1年生だった。でも、初めて見る顔かな。慌てて自己紹介をしたが、きっと私、顔が真っ赤だろう。あー、恥ずかしい!

「葉月さんはこういう仕事って、やりたくて引き受けたんですか?」

「えーっと、実はあんまりやったことなくて、みんなに押しつけられたというか、何というか・・・。あ、でも、最終的に引き受けたのは自分なので、最後までやろうとは思ってますけど、うまく行くかどうか・・。できるだけ頑張ろうと思っています。あれ?私、何、話してるんだろう?」

「あはは、おもしろい人ですね。話が一人で完結しちゃいましたよ」

「はは・・。恥ずかしい・・」

「僕もどっちかというと、みんなに頼まれたから仕方なくやらなきゃと思っていました」

 そうよね、やりたくてやる人なんてなかなかいないもの。

「でも、同じように思っている人を見つけたから、楽しくやれそうかな」

「えー?あー、はい!ありがとうございます?何で私がお礼を言うの?とにかく、よろしくお願いします!」

 私、何言ってるんだろう。もうわけわかんなくなっちゃった・・。

「うん、よろしくね」

 笑顔が印象的だった。

 それからは委員会の時間が少しだけ、待ち遠しくなった。


 私が車椅子を使うようになったのは、小学校に入ってすぐ、1年生の夏休み明けだった。それまでは特に問題はなかったのに、急に下半身の力が入らなくなり、歩けなくなった。病院で原因が分かるまでにかなり時間がかかった。わかったことは、このままの状態が続き、元のように動かすことは難しいだろうということだった。

 それからは、病院でリハビリテーションを受けながら、両親と祖父母が小学校まで送迎してくれて、そのまま同じ学校に車椅子で通った。

 授業中はサポートしてくれる先生が一人付いてくれて、教室の移動などを手伝ってくれた。

 それはとても助かったが、同時に大変申し訳ないとも思えるようになった。私だけ特別扱いされているようで、周りの子からもヒソヒソと噂をされているようで、ちょっと悲しい気持ちになった。でも先生がついていてくれるから、学校ではスムーズに勉強できていた。

 病気になったことは、今も仕方がないと思っている。それに、いまさら文句を言ったところで病気が治るわけでもない。運が悪かったと思うしかない。それ自体は、なぜかあまり自分や他人を責めたりする理由にはならない。

 でも、私のことで誰かに迷惑がかかることは嫌だ。私が特別扱いされるのは嫌だ。何も役に立たない、価値のない自分なんてもっと嫌だ。

 そんなことを考えているうちに、私が学校に行かなければそんな手間をかけなくて済むのだと思い詰め、3年生の時に、学校に行かないと言い出した。

 きっと、少しずつ大人になる段階で、いろいろ周囲のことを考えてしまったんだろう。

 悩む私を尻目に、クラスの友達は、給食や配布されたプリントなどを持って、毎日家まで来てくれた。きっと先生が、学校から気持ちが離れないようにと配慮してくれたんだろう。

 最初は先生から言われたからという態度が見え隠れしていたが、通ってきてくれる子たちも家に来ることが楽しくなったのだろう。両親や祖父母もその子たちを毎日歓迎してくれて、私の家で宿題を済ませたり、みんなでおやつを食べたり、そのまま遊んだりすることも多くなった。

 そうして、クラスのほとんどの子が私の家に来るようになり、私が学校に行かないことの方が、みんなに迷惑をかけることになってしまった。おかげで、1ヶ月後には学校に復帰することができた。

 あの時、もし友達が家まで来てくれていなかったら、今頃私はどうしていただろう。

 だから、友達の頼みやクラスの行事では、できるだけ私はみんなの役に立ちたい。


「葉月さんのクラスは、何やるか決まった?」

 今日は早めに委員会に来たから、席はたくさん空いているのに、水上くんは私の隣に座って声をかけてきた。

「あ、はい、決まりました。こんにちは」

 あいさつが逆になってしまった。

「あは、こんにちは。そんな他人行儀じゃなくてもいいよ」

 そんなこと言ったって、急に親しくなれないよ!

「うん、いや、はい!ごめんなさい!」

 やっぱり無理!

「4組は、お化け屋敷にしようかという話になってるんだ」

「あー、そうなんですか」

「3組は?」

「うちは、七夕喫茶のような感じでやろうという話になっています」

「七夕喫茶かー。じゃあ織姫と彦星がいるんだね?」

「えーっと、まだ細かい話にはなっていないので、どうなるかわかりませんが、あーそうか、それもいいですね。ベストカップル投票、みたいな感じで」

「じゃあ織姫には、葉月さんが選ばれるのかな?」

「いやいやいや、そんなこと絶対ありません!」

 そうなったら、水上くん、彦星になってくれるかな・・。キャー、そんなことあるわけないでしょう!

 頭の中が妄想でいっぱいになってしまった。

「葉月さん、葉月さん、大丈夫?どうしたの?」

「あ、はい!私、どうかしたでしょうか!」

「いや、急に遠くを見て、ニコニコして返事しなくなったから・・」

「ごめんなさい!大丈夫です!」

 あー、また変なところ見られてしまった・・。どうしてこんなところばかり?

「葉月さんって、本当に面白い人だよね。この間もそうだったけど」

「あー、いやー、そんなに面白くない人間です!ただ真面目なだけで・・。あ、自分で真面目って言っちゃった」

「あはは!いや、やっぱり面白いよ」

 あーん、このまま私、面白い子のポジションになってしまうのだろうか・・。

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