第2章 栞:恋をする

第25話

 河原町高校の文化祭は、夏休み前の7月下旬に行われる。6月末に前期の中間試験が終わるから、そこから駆け足で準備をしていく。


 私たちのインクルージョン部は、今年が初めての参加だ。昨年は部ができたばかりで参加しなかった。今年は、この一年間の活動紹介をすることになった。

 主に準備を担当するのは部長の愛来先輩と春陽先輩、1年生では1組の吉川葵。それに3組の私、葉月栞。

 それ以外にもクラスの出し物や他のサークルでの出演などいろいろあるから、みんな何らかのお手伝いはしている。絵を描くのがとても上手な4組の町田灯には、準備の代わりに展示する絵をじっくり描いてもらうし、私と同じクラスの伊藤紬は、バンドでステージに出演する。

 車椅子でバンドをやるなんて、本当にすごい。何も取り柄のない私は、クラスの出し物と準備のお手伝いだけだ。


「栞、今日の全体打ち合わせ、行くでしょ?私少しだけ遅れるかも。ごめんね」

 葵が休み時間に3組の教室に来て声をかけてきた。

「うんわかった。どのくらい遅れそう?」

「水泳部の先輩と話をするから、20分くらいかな。愛来先輩には先に断っておくから」

 インクルージョン部だけでなく水泳部でも活動している葵は、相変わらず忙しく動いている。

 あれだけ行動力があるから、男女を問わず人気がある。実際、うちのクラスの男子が葵のことを噂しているのを聞いたことがあるし。

 やっぱり、鈍くさい私みたいなのより、テキパキとしている子の方が好かれるわよね。車椅子には乗っているけれど、葵はそんなことを感じさせない。すごいなあ。


「じゃあ我らが3組は、七夕喫茶をやることになりました。それで、実行委員なんですが、誰か立候補いますかー?」

 七夕喫茶かあ。天の川の飾り付けして、店員さんは浴衣着るのよね。車椅子に乗ってても着ていいのかな。かわいく見えないからダメかな。部の展示の方にも行かなきゃならないから、こっちに参加してる時間あるのかな。

「葉月さん、どうですか?」

 うわ、びっくりした。妄想中に突然司会から当てられた。みんなこういうのは、なかなか手をあげないからなー。

「え、私?私は部活動で展示の役目があるから、あんまり時間が取れないんじゃないかな・・」

 うん、まあちょっと無理だよね。

「でもさ、葉月さんがやると、そのーなんて言うか、みんなで協力しながらやってます、みたいな感じが出ていいんじゃない?」

「うん!栞、やってよ!私たちみんな手伝うからさ!委員会に出るだけでもいいから!」

 教室のあちこちから、そうそう、栞、お願い!などという声が聞こえる。

 やれやれ、みんなの気持ちもわからなくはないけれど、そういう理由で委員にさせないでよね。それなら候補者がもう一人いるでしょう。どうして紬には言わないかなー。

「いや、それなら紬にも頼もうよ」

「あたしはパス。バンドでそれどころではない。大丈夫、栞なら両立できる」

 紬は即答だ。

「ねー、栞、お願い!1年生って意見出しにくいのよ。栞の意見なら、きっと先輩方も聞いてくれるし」

 何を根拠にそんなことおっしゃいますか。2年生なんて私も部の先輩方しか知らないわよ。

「ね、みんなを助けると思って」

 ここまで言われたら無下に断れないじゃない。引き受けるにしても、断るにしても、車椅子に乗っていることが理由になるのは、ちょっと嫌なんだけどなあ。

 でも、仕方ないか。

「じゃあ、部のリーダーの葵に相談してみるけど、部の先輩方の意見も聞いてそれでいいってなったら、かな」

「わー、よかった!ありがとう、栞!」

「まだわかんないからね」

 本当に、もう!みんな調子いいんだから!


「あ、葵、待って!ちょっと相談があるの?」

「どうしたの?」

 葵にクラスの出来事を話して意見を聞いた。葵は1組だけど、どうしてるのだろう?

「うーん、なかなかどのクラスも大変ね。みんな積極的に手をあげないもんね。栞はどうなの?栞がそっちをやるって言うなら、部活動の方は私がやるわよ。全体の打ち合わせには出ているんだから、流れは理解できるでしょ?」

「うん、あまり無理はしたくないけれど、みんながそう言ってくれるなら、やってみようかな・・」

「あなたがどうしたいか、で決めればいいんじゃないの?人に気を遣ってると、うまく行くものも行かないわよ」

 葵は本当にハッキリした判断をする子だ。普通は、なかなかそこまで言えないよ。

「わかったわ、葵、ありがとう。私、やってみるよ」

「そう。じゃあ後で顧問の小雪先生と会うから、その話はしておくわね。愛来先輩にも言っておいた方がいいかも」

「うん、後で話しておくわ」

「じゃあまた委員会で」


 委員会の前に部室に顔を出すと、愛来先輩と春陽先輩がいた。大型スクリーンで、春の歓迎会の時に流したスライドショーを見ていた。

「文化祭のことも考えて作っておいたから、あとはこの4月からのことを追加して読み原稿を作れば大丈夫ね」

「そうでしょう、そうでしょうとも!この春陽さまの力を恐れ入ったか!ハハハ」

「ははー」

 愛来先輩が大仰に平伏していた。愛来先輩が顔を上げた時に、私と目が合ってしまった。

「あ、栞だー。早いね」

「こんにちは。先輩方も早いですね」

「うん、文化祭の展示についての準備をさっさと済ませてしまおうと思って」

 ちょうどよかった、今なら相談できるわね。

「あのー、それなんですが、うちのクラスでも実行委員を決めるのに、実は私にやれという話がありました。私は部の方があるからと断ったんですが、クラスの方でどうしても私に、という話になりまして・・」

「おー、栞ちゃんモテモテだね!」

「断った方がいいですよね・・」

「何で?やればいいじゃん」

 愛来先輩が即答で否定してきた。

「え、でも部の準備もあるし・・」

「部の方はスライドかなりできてるし、後は原稿書くだけだから、そんなに時間取らないよ。私も春陽もクラスの展示担当にもなってるし。大丈夫だよ、今しかできないんだから、何でもやんなさい」

「いいんですか?」

「時間が空いてるから何かをするんじゃなくて、何かをしたくなったからするんだよ。時間がなくたって、やりたきゃやればいいのよ。そんなにお行儀良くしないの。もっと欲張んなさい。女子高生でいる期間なんて短いのよ」

「ありがとうございます。ではやってみます」

「うん、大変ならみんなで手伝えばいいんだから」

「はい、わかりました。じゃあこれから委員会に行ってきます」

「おー、頑張って来な!」

 よかった、これでクラスの方にも顔が立つ。面倒なことにならなくてよかった。

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