第23話
部屋を出て、車椅子を最高速にして誰もいない場所を探して走った。
途中、廊下にいた何人かが驚いて私を見ていたと思うが、気に留めずそのまま突っ走った。
たどり着いた場所は、学校のすぐ近くの小高い展望台だった。
展望台の柵に手を掛けて立ち上がり、街並みを見る。ここからは街が一望できる。
高校に入るまでは、あまり好きな街ではなかった。病気で辛かったことだけが記憶に残っている。
いや、病気自体が辛かったのではなく、自分が何の役にも立っていないと分かってしまうことが一番辛かった。
でも、この高校に来て、インクルージョン部に入ってみんなと出会って、バンドに誘われて、やっと誰かの役に立てて、自分がいていい場所なんだと実感できた。
たった半年くらいだけど、そう思える場所だった。
でも、それも、もう終わり。
私がいることで、みんなに迷惑をかけてしまう。誰も救われない。どこにも逃げられない。
そして、もう一人にも戻れない。
だって、みんなといる温かさも知ってしまったもの。
私がいていい場所は、どこにも、無い。
空を見上げる。視界には何も遮るものもない。いろんなモヤモヤが私の身体から離れていく感覚がする。
だんだんと日が傾いて、私を照らす光が弱々しくなってきた。
疲れちゃった。
もういいや。
「紬さ、あんたその柵を乗り越えられないでしょう?」
私が動こうとしたその瞬間、突然声がした。
声の方を振り返ると、葵がいた。
「そんな単純に、何かから逃げられるとでも思っているの?私たちは飛び降りることさえできやしないんだから」
確かに、私には展望台の柵を乗り越えて飛び下りる身体の力はなかった。柵につかまって立つだけで精一杯で、乗り越えることなんてできっこない。
「全く、これだから打たれ弱いお嬢さまは困るのよね」
「どうしてここに来たの?葵に私の何がわかるの?」
私は葵を睨み返した。どうせわかんないくせに。
「さっきの思い詰めた様子で、何かあるなと思ったんだけど。また自分なんか役に立たないから、生きていてもしょうがないとか思ったんでしょう」
全く図星だ。
「私たちなんか、こうなってからみんな一度や二度、ううん、何度もそんなことを考えてるじゃない。紬は何かあるたびに、まだそう考えちゃうわけ?大変ね」
言い返したいけれど、同じ体験をしてきた葵に言われるのは堪える。
「運命なんかそう簡単に変えられないのよ。だったら、それを呪っても仕方ないんだから、自分が変わりなさいよ!」
「こんな身体になったことはもう仕方がないじゃない!だからそれを受け入れなさいよ!その中で、全力でできることをやって行くしかないじゃない!」
葵の言葉に、一瞬、心を奪われた。
立つのが苦しくなって来たので、車椅子に座り直した。
「でも私、それさえやってきてなかった。今まで全力で向かってなかった・・。だからみんなに迷惑をかけた」
「生きていることが迷惑なんて、この世に生まれた人全員に言えることであって、みんな迷惑をかけあって生きているんでしょ!人間、そんなにスマートになんて生きていけないのよ!もともとみっともない生き物なんだから、もっと恥なんてたくさんかきなさい!」
そうなの?それでもいいの?
「でも・・」
「まだ身体がどうとかこうとか言い訳にするわけ?」
うん、私きっと今まで身体のことを言い訳にしてた。みんなと同じようにできないから、それを自分ができないことの言い訳に都合よく使っていた。
自分で出来る限界まで頑張ったわけじゃなかった。
だから、それでダメなら仕方ないじゃない、と思えなかった。
こんな私、ダメだ。
病気なんか関係ない、ダメ人間だ。
葵は、わかってるんだ。
さっきの葵の言葉は、葵自身にも向けているんだ。
この子、私と同じ高校生だっけ?こんなに大人びているけど。葵って、何の病気だったかな。
あー、交通事故だ。それ以前と以後で、全く人生が変わっちゃったんだ。
それでも、立ち直って、ここまで強くなれるんだね。
やっぱり、葵って、すごいや。
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