第21話

 週末に大学病院での診察があった。最終的な今後の方針を聞くためだ。

 左手の状態はあまり変わらない。ピアノのような指先を使う動きはもちろん、肩も上がらない。かろうじて電動車椅子の操作ができているくらいだ。

「うーん、あまり変わってないかな。検査上では、どこが原因か特定できる状況じゃないので、どうしようかね。痛みは特にないんだよね?」

 先生も治療方針を考えあぐねている様子だ。

「はい、左手を動かそうとすると余計な力が入って、全部固まってしまう感じです」

「力を入れなければ、緊張は緩むのかな?」

「そうですね、動かさなきゃって意識しなければ、それほど緊張が強い感じはしません」

「うーん・・」

「このまま続くんでしょうか・・?」

「力の入れ方の練習をすることになるかな。あまり強く、こうしなきゃ、と思うと逆に動きにくくなるから、心のコントロールも必要になるかな。後で臨床心理と作業療法の方にも行ってもらおうかな」

「心の問題、ですか?」

「簡単に例えて言うと、何かしたいな、と思うと脳から信号が出て筋肉がその通り動くわけだ。でも何かの異常で、その信号が強すぎたり弱すぎたりして、筋肉がその通りに動いてくれなかったり、邪魔をしていたりする状態なのかな、と」

「それは心が原因で起きることなんですか?」

「心が何かはあまりわかってないけれど、どうしてもしなければならないとか、絶対に失敗できないとか、強く思う心がそうさせてしまうことも考えられるからね」

「そうなんですか・・」

「だから、何かの拍子にパッと動くことだってあるかもしれない。なかなか予測が立てられないんだ。とりあえず、左手を使う量を減らして休ませることは、考えて欲しいことだけど」


 グルーヴの出場で私は大変な責任と不安を感じてしまった。いやそれ以前に私のような状態で先輩方とバンドを組んでいること自体、大きな不安だった。

 それが私の心を狂わせているのだろうか。だとしたら、なんて弱い心だろう。

 今だって、メンバーにどれくらい迷惑をかけているのか、考えるだけで震えてしまう。曲を全て作り替えて編曲したり、キーボード操作の工夫をしたりという膨大な作業の時間や労力を使わせている。せっかく私にチャンスを与えてくれた人たちに、なんて仕打ちで返しているんだろう。

 これが葵の言ってた、爆弾だ。

 そう考えると、左手だけじゃなく、身体全部が固まって動かなくなってしまう。


「紬ちゃん、連絡が遅くなってごめんなさい。今日の放課後、学校の音楽準備室に来てくれるかな?これからのことをみんなで話をしましょう。私たちもたくさん考えたから、一緒に結論を出しましょう」

 その日の朝、あゆみさんからメッセージが届いた。

 とうとう来てしまった。いや、来て良かったんだ。


 誰にも告げず音楽準備室に向かうと、途中で葵に会った。葵にも今日のことは言っていない。

 葵は、私の顔を見て少し戸惑った表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻って言った。

「紬、ちょっと部活動の資料を職員室に運ぶのを手伝ってよ」

「えー、今から用事があって・・」

「どこに行くのよ?」

「音楽準備室に行かなきゃならないの・・」

「そう。でもいいから、すぐ済むからこっちに来なさいよ」

「うー、もう葵は強引なんだから!」

 大した量の荷物ではないのに、葵に強引に引っ張り込まれ、職員室までついて行った。

 その間、葵は後ろを振り返り私に言った。

「これから死に場所に行くような顔をしてるわよ。そうだとしても、一度顔を洗ってから向かったほうがいいんじゃない?」

 死に場所か・・。とても葵らしい表現だ。そして私の心情を理解している。これから話し合いだなんて何も言ってないのに。

「そんなわけないでしょ。ちょっとバンドのミーティングに行くだけよ」

「そう、ならいいんだけど」

「ありがと、葵」

 それには何も答えずに葵は職員室に入っていった。


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