第19話
検査結果を伝えられる日がやってきた。先生はいつもの笑顔で迎えてくれていた。
「M R I検査の結果、身体の左側全体に新しい麻痺が出たということではないみたいで、特に異常は見られないんだよね。あくまで左手の動きだけ弱いんだよね?」
「今までの病気が悪くなった、と言うことではないんですか?」
病院に付き添ってくれた母が心配そうに尋ねた。
「うん、その可能性は低いですかね。今までやっていなかったバンドを始めて、心理的にも身体的にも緊張が強くなった影響が考えられます。生活の全部を左手でこなすでしょう?急に負担が強くなって悲鳴をあげているという感じかな」
「左手を使い過ぎているということでしょうか?」
だって、そうしないとバンドについて行けないもの。
「そうだね。よく手を使う職業の人に比較的多い病気なんかもあるんだけど、紬ちゃんの場合は何年もそういう状態が続いている訳ではないし、まだわからないんだ。あまり深刻に考えすぎてもよくないから、まずリハビリテーションで身体の状態を見ながら力が抜けるような方法を考えていきましょう」
診察が終わり、先生の指示でそのままリハビリテーション外来に行くと、担当の理学療法士が待っていてくれた。
「伊藤紬さんですね。僕は理学療法士の三杉です。これからよろしくお願いします」
「伊藤です、よろしくお願いします」
「それでは、これから少しずつ動きを見ていきます。その後、どうすることが伊藤さんにとって一番いいか、担当の先生と一緒に決めていきましょう」
「はあ、お願いします」
何が原因かわからないと、どうすることもできない。でもあまり時間もない。
「今、何が一番困っていますか?」
「左手が動けなくなったことです。特にピアノが弾けなくなったことです。大会も近いので」
「高校生で、バンドをやっていてキーボードですか。いいですね。それで、上手く左手が動かなくなったんですね?」
「はい、そうです」
「普段も左手だけで弾いてるの?」
「そうです。右手でスイッチ類の操作を少ししますが、ほとんど左手一本です」
「1日にどのくらい練習していますか」
「3時間以上は、してるかな・・」
「毎日?」
「はい、大会に出るって決まってからは毎日です。休みの日は6時間くらいやっています」
「そうなんですね。とてもがんばっていますね。あと、これから全身の筋力を測るのでこちらに来てください」
理学療法士の先生もとても優しく、あまり緊張しないで検査を終えることができた。でも家に着くとぐったりして、夕飯も取らずそのまま眠ってしまった。
1週間学校を休み何回か通院して検査を受けた。指先の細かい動きは変わらないが、手全体での握りや、肩の動きはあるので電動車椅子の操作は可能だった。
どうしよう。このまま手が動かなければグルーヴには出られない。先輩方の夢に近づけたというのに、私のせいで遠のいてしまう。
動け、と念じながら左腕を見つめるが、途中まで動くだけで以前のようには上がらない。願えば願うほど、腕が固くなってもっと動かなくなる。だめだ、これじゃあ演奏なんて無理だ。
今さらキーボードの交代なんて、他の人に頼めることではないだろう。前にいた先輩ならどうだろう?福岡にいるって言ってたかな。
いや、一緒に練習しなければ難しいだろう。また曲を両手用にアレンジし直す時間なんてない。
私がいなくなったら、出場しなくて済むだろうか。
でも、今だけいなくなっても、その後はどうするの?すみませんでしたって、のこのこ先輩方の前に出ていけるの?
じゃあ、いっそ、永遠に帰ってこなければいいんじゃないの?それなら出場できなくてもみんな納得してくれるかな?
ハッと、我に返る。私は何を考えているんだろう。
やっぱり私は人と一緒に何かやるなんて望んじゃいけないんだ。
1週間、葵にも相談できず、一人で出口の無い答えを探していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます