第18話

 グルーヴに向けての練習も進み、その間ライブも多くこなすようになった。演奏する曲数も増え、いろいろ覚えなければならないことが増えてきた。

 疲れが少し溜まってきたのだろうか。最近、左手の動きが鈍くなることがあった。

「紬、最後の曲、音が滑ってたけど、どうした?」

 眩さんに指摘されたが、それは自分でも気づいていた。音符に左手がついていっていない。今までこんなことなかった。

「はい、すみません。今日はちょっと調子が悪いみたいで・・。寝不足ですかね」

「紬ちゃん、あんまり無理しないでね。でもやるからにはしっかりやろうね」

 その時は、疲れてるから少し練習を控えめにねという程度の話だった。それが日を追って左手の動きが鈍くなり、自分の思ったように動いてくれないことが多くなった。


 こういう時に一番頼れるのは葵だ。感情的にならずに話を聞いてくれる。

 寝る前に葵に電話をしてみる。

「あ、葵?今いいかな」

「いいわよ。どうしたの?」

 私は葵に今の状況を説明した。

「少し疲れてるのは間違いないわね。休んだら、と言いたいところだけど、そうもいかないんでしょう?」

「そうなの。大会も近いので、練習を休みたくないし・・」

「順調に行くことばかりではないからねえ、私たちは特に。身体に爆弾を抱えているようなものだし」

「何かいい方法、ない?」

「そんな方法があったら、みんな苦労してないでしょ」

「そうだけどさ・・」

「まずは受診して、その結果を見て先輩方と話すしかないんじゃないの?出られない可能性もあるわけだし」

「出るわよ」

 私がやっと見つけた場所だもの。何があっても出るわ。

「うん、その気持ちで」

「わかった」


 葵の勧めもあって、両親に相談して受診することにした。

 以前かかっていた市民病院の先生が、今は大学病院にいるということでそこを訪ねた。

「やあ、紬ちゃんだね。あれから元気になったって聞いてるよ」

「いろいろお世話になりました。先生もお元気そうですね」

 私のことを知っていてくれる先生だから話がしやすい。過去からの状態を説明するのは本当に大変なことだから。それでも今はI C端末から今までの病歴が全部読み出せるので、どの病院にかかっても経過を追いやすくなっている。

「今日はどうしたんだい?」

「はい、左手でピアノを弾くのができなくなってきたんです」

「うん、左手が動きにくくなったと。足は何ともないのかな?」

「他は何でもないと思います」

「ピアノ、まだやってたんだ。すごいね」

「ピアノというか、高校でバンドのキーボードですが・・」

「へえ、バンドねー、いいね。うんうん、どんどん外に出て行くのはいいことだよ」

「はい、ありがとうございます」

「手の動きなんだけど、やっぱり脳や全身に関係してるかもしれないから、一度M R Iを撮るね。その後、リハビリテーションに行って身体の検査して、それからだね。結果が出るまでに2週間くらいかかるけど大丈夫かな?」

 大会までにしっかり練習したいから、なるべく早く原因がわかって欲しい。

「あの、もっと早くなりませんか?」

「うーん、検査も混んでるからそのくらいかかっちゃうかな。何か急ぐ理由があるの?」

「12月にバンドの大会があって、それに出るための練習ができていないので・・」

「バンドの大会かー。大きな大会なんだね?」

「そうです!それに出られないと、私、先輩方に迷惑をかけちゃうから・・」

「うん、わかった。なるべく早い予約ができないかやってみるけど、紬ちゃんもあまり焦らないでじっくりやって行こうよ」

「はい、わかりました。先生にそう言ってもらえて少し安心しました。これからよろしくお願いします!」

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