第16話

 それからは毎月1回程度のライブを行った。元々評価の高いバンドだったので、ライブハウス主催のブッキングライブにはもちろん、他のバンドの主催ライブにゲストで呼んでもらったりもした。他のバンドの人とも仲良くしてもらって、人付き合いも増えた。

 他のバンドのメンバーと初めて会ったときは、まず私が車椅子に乗っていることを驚かれる。そして、私が左手だけで演奏するのを見て、一瞬言葉に詰まる人が多い。

 でも演奏を聞いてもらうと、そんな表情をする人はいなくなる。だから、音楽の話が進む。今までの、できてよかったね、から、ここはこういう弾き方もあるんじゃないの?という話になる。

 いつも、立ち止まって後ろを振り返ることばかりで、前に進まなかった。でも今はみんなと一緒に前に進んで行ける。

 それがとてもうれしかった。


 ある日スタジオでの練習中に、あゆみさんのスマホにメールが届いた。読んでいるあゆみさんの表情が変わっていく。

「えー、えー、キャー、何これー!」

 あゆみさんがその場でヘナヘナと座り込んでしまった。

「どうした、あゆみ?男子から告られたか?」

 今時の男子はメールで告るのか・・。私にはそれさえ経験ないけど。

「いや、でもそれに近いかもしれない・・」

 何事かとみんなであゆみさんのスマホを取り囲んだ。桜子さんが読み上げる。

「えーっと、今年開催のガールズバンドグルーヴの審査を通過したので、貴バンドを招待します・・?え!」

「え、ウソ!グルーヴの招待状?うわー、やったー!キター!」

 4人が飛び跳ねて喜んでいる。日頃クールな眩さんまで、今まで見たことない笑顔で喜んでいる。

「あのー、ガールズバンドグルーヴって、何ですか?」

 皆さんが少し落ち着いた頃合いで、尋ねてみる。

「あー、紬は知らなかったか。これは年に1回開催されるガールズバンドのお祭りさ。これに呼ばれることは、バンドの最大の名誉なんだ」

「うわー、すごいですね!おめでとうございます!」

「何か人ごとだな。私たち、Be aliveが出るんだよ!」

「へー、そうですかって、えー、私たちですか?」

「そうだよ!」

「これから練習厳しくなるね。ははは、もう今年は彼氏作るのあきらめなきゃ・・とほほ」

「これが無くたって無理でしょ!」

 いつも明るい先輩方だけど、今日は明らかにハイだ。それほど凄いことなんだろう。私なんかがそこにいて、いいんだろうか。

「また大変なときに私がいてしまって、すみません」

「何を言ってるの、この子は。紬の力で運を引き寄せたんじゃないか!」

「いや、そんなことありません」

「だって、去年も呼ばれるかと思ってずっと待ってたけど、呼ばれなかったもん。それが今年呼ばれたということは、紬のおかげでしょ?」

「あー、うー、そうですか・・、でも・・」

「そりゃ私たちも上達してるだろうけど、紬が入って音に厚みが出たんだよ。審査は音源だけで行われるから、紬の身体のことなんか関係ないし」

「そうよ、もっと堂々としてよ。これ、本当にすごいことなのよ」

 あーだこーだと言われても実感がわかない。この時はまだこの状況がどんなことか飲み込めていなかった。


 次のライブで異変が明らかになった。

 観客の数が半端なく増えている。当日券のお客さんが入りきれなくて外にあふれているらしい。

「なんか外、大騒ぎになっているみたいよ」

 さっきからスタッフがバタバタして、ライブハウス内を走り回っている。

「だって、外に行こうとしたら入場前のお客さんがすごい数で、通路を開けて入れてもらうのが大変だったもの」

 桜子さんが身振り手振りで、この大変な状況を説明しようとしている。

「これもグルーヴの効果かな?」

「黒沢さん、ちょっとオーナーと打ち合わせしたいのだけれど、こっちに来てくれるかな?」

 リハ中に、ライブハウスのスタッフが、あゆみさんを呼びに来た。

「はい、わかりました。今行きます。みんな、いったん休憩にしよう」

こんな状況で、今日はライブやれるのかな。

「こっちは悩んでも仕方ないから、もう少し音出しでもしとくか」

 うん、今日も調子は悪くない。最近はセッティングも一人でスムースにできるようになっている。なんかバンドになじんで来たって感じがする。


「やれやれ、みんな集まってよ」

「お、あゆみが帰ってきた。どうだった?」

「うん、当日券のお客さんが多すぎてちょっと揉み合いになりそうだったみたい。それで今日は当日券の販売を中止して前売りの人だけ入ってもらうって。それでも結構いるけれど」

「買えなかった人はどうなるの?はいそうですかって、引き下がってくれるかな・・」

「それで、今並んでる人には次回の優先購入券を渡すことになったの。申し訳ないけど、またすぐに追加ライブをやってくれって」

「うわー、なんかすごい」

「みんなの都合を聞いてからだけど、できたら今日中に追加の日程を発表したいから早く決めてねと言われたよ」

「なんかここまで凄いと、他人事に思えるね」

「他人事じゃないのよ。みんなそれでいいわね?」

 いいも悪いもない。これは大変なことになってきたんじゃないだろうか。本当に私なんかがこのバンドにいていいんだろうか。また同じ不安が頭を過ぎる。

「心配してもしょうがないから、まずは今日のライブに全力で向かおう!」

「おー!」


「というわけで、今日のライブに入れなかった人には、本当に申し訳なく思っています。ごめんなさい!」

「ごめんなさい!」

 ライブ開始前に全員でお客さんに頭を下げる。

「あ、でもここにいる人は入れた人よね。ここで言っても届いてないのか・・」

 会場からクスクスと笑いが聞こえる。あゆみさん、ウケてるよ!

「これだけみなさんが私たちの応援をしてくれていることがわかったので、全力でグルーヴ、がんばります!最後まで応援してください!今日はありがとうございました!」

 会場の雰囲気に影響されたか、演奏に普段より力が入り、終わった後はみんな控室で動けなかった。一つの大会に出るというだけでこんなに周りの世界が変わるなんて、思いもしなかった。

「今日は、疲れたねえ・・、みんな大丈夫?」

「紬、動けるかい?」

「はい、なんとか・・」

「大会まで、これが続くのかね・・」

 誰も返事をしなかった。いや、できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る