第14話

 そして文化祭当日がやって来た。昨夜はあまり寝付けなくて、今日演奏する曲の音源を聞いていた。

 昨日の打ち合わせでは、本番2時間前には控え室になっている教室に集合とのことだった。大宮先生と学生さんも来てくれて、機材のセッティングを手伝ってくれることになっている。

「とうとうライブの時間が来たね!楽しみで仕方がないよ!」

 二柚先輩と愛来先輩は、自分のクラスの出し物であるメイド喫茶のメイドさんの格好をして、控室に駆けつけて来てくれた。みんなに飲み物の出前をしてくれている。

 これがとっても可愛い。蝶のような大きなリボンを頭につけて車椅子に乗って動き回るから、本当に蝶が飛んでいるように思える。

 そもそも、車椅子に乗ったメイドなんか初めて見たよ。私たちは、普段サービスする側になんかならないから。

「緊張してる?大丈夫よ、みんなついているから。あゆみたちを頼っていいんだからね」

「ありがとうございます、七津先輩。ちょっと緊張していますが、大丈夫です」

「そう、ならいいけど。うちのクラスも眩の歌を聞きに行くってみんな言ってたよ。その時間までには喫茶店閉めちゃおうって話していたから」

 二柚先輩も笑顔で励ましてくれる。

「Be aliveってこの辺じゃあ有名なガールズバンドだから、他校の人も聞きにくるみたいね」

「えー、そうなんですか!直前にそんな情報入れないでください・・」

「大丈夫だって。そのメンバーに認められたんだから」

「でも・・」

「それよりも大事なこと、あるんでしょ?」

「はい」

 これはバンドに入ると決めた時に、葵と二人で考えたことだ。

一つは最後まで体調を崩さないようにすること。そうしないとうまくいかなかった時に、ほらやっぱり身体が弱いから、と思われる。自分でもそれを言い訳にしてしまう。

 そのために身体トレーニングもやってきた。そのせいか、体調はかなり安定してきた。右腕の振りもタイミングが取れている。

「もう一つは、片手でピアノを弾く子がいるバンド、と言われないようにすることです」

 珍しいから聴いてくれるんじゃない、いい音楽だと思って聴いたら、たまたまピアノの子は片手で弾いていた、と思われるように。

 だから服装も仕草も、甘えや疲れた表情を出さないように練習してきた。これは結構きつい練習だった。ということは、今までいかに疲れたとかできないとか甘えてきたことか。それによって、周りも気を遣い過ぎてしまう。

 でもできないと、全て身体のせいにされてしまう。自分の気持ちや努力が足りなくても、仕方ないから無理するなと言われ、そこからは前に進まない。

 そんなのは嫌だ。

 実際には、できない時はできないでいいと合理的に考えてくれる先輩方だ。先輩方だってものすごい量の練習をしてきている。最初からできないと言っていたら、このバンドには入れてもらえなかっただろう。

 私の音が単に増えただけでなく、みんなの音と溶け合って聞こえる、という感覚になるように。


「私たちそろそろ客席に行くねー。みんな、頑張ってね!」

「おー、二柚、ありがとね!」

 あゆみさんが二柚先輩と七津先輩にお礼を言って送り出した。

 ステージの袖からこっそり客席を見ると、だんだんと人が多くなってきた。客席からも、ボーカルで有名なバンドだからと、さっき聞こえてきた。なんか緊張してきた。


 あ、葵が見えた。手を振ったけど、反応がないから見えてないな。最近は実行委員の仕事が忙しくて、あんまり話せてない。でも、いつも私のことを心配してくれているのはわかる。毎日、簡単なメッセージとスタンプは送ってくれる。

こういうところは、葵らしい。

 あれ?栞も来たけど、今なんか男子と一緒に入って来なかった?栞も車椅子に乗っている少しおとなしい子だけど。彼氏いたのかな。そんな話、してなかったと思うけど。

栞の顔が男子の方を向いてるし、栞の車椅子と男子の足が止まるタイミングが一緒だし。誰かな。

「紬、何見てんの?そろそろ準備するよ!」

「あ、はい、わかりました!」

 セッティング時間があるのでステージは一旦休憩に入り、、前のステージが終わって30分の間隔があった。この間に全ての接続をする。今日は特別に大宮先生も来てくれている。機材の様子を確かめたいそうだ。

 私の周りにいる人たちの手で、私も一緒にいる世界が作られていく。

 今まで積み重ねて来たものを信じて、みんなの中で私はステージに立つ。

「みんな、準備できた?幕を開けるよ!」

 あゆみさんの掛け声で幕が開くと、光が差し込んできた。

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