第13話

「あゆみー、みんなどう?陣中見舞いに来たよ!」

 私の溜まった心配を吹き飛ばすのが仕事なのかと思うタイミングで、二柚先輩と七津先輩がやってきた。うーん、今日も美人。

 二柚先輩が学生さんを見て、キャっと声を上げて驚いている。

「あー、あれ、透さん?何でここに?」

「おー、ひょっとしたらと思っていたけど、やっぱり会えた!こんにちは、二柚さん、七津さん!」

「あれ、皆さんお知り合いなんですか?」

 メンバーも大宮先生も、みんな手を止めて3人を見ている。

「いや、僕がワックでバイトをしてる時に、昨年からよく店のお客さんとして来てくれて」

 ああ、この間ワックで冬先輩と七津先輩に相談に乗ってもらった時の、店員さんだ。

「おい、石川!本当にそれだけか?高校生に手を出したら犯罪だからな!」

 もう一人の学生さんが問い詰める。高校生だと何が犯罪なの・・?

「そんなこと、ありませんから」

 七津先輩が笑って答えている。二柚先輩も笑って、あれ?なんかモジモジして舞台袖に行ってしまった。何これ?

「僕も大宮先生のゼミだから、今日は研究の手伝いで来ました」

「えー、そうだったんですね。それはすごい偶然というか・・」

「先生が河原町高校でA Tの仕事だって言うから、皆さんに会えるかなと少し期待はしてたけど」

「透さんがそんな勉強してたなんて、先に教えてくれれば相談したのに」

 七津先輩が少し拗ねた感じで話をする。

「A Tも作業療法にとって大事な領域なんだよ」

「A Tって何ですか?あまり聞かない言葉だけど」

 私の疑問を代弁するように、七津先輩が尋ねてくれた。

「Assistive Technologyのことで、日本語にすると『支援技術』って訳すことが多いかな。文字通り、その人に必要な機能を支援する技術なんだけど、人によって必要な支援内容はバラバラだから、それに合わせて作っていくんだ」

「うーん、じゃあオーダーメイドってこと?」

「そうだね。みんな同じじゃないから。可能性の分だけ方法を編み出していけるから、その調整が、大変だけどおもしろい」

 確かに、大宮先生も一緒に来てくれた学生さんも、それから話を聞いている舞花さんも、時々笑いながらおもしろそうに話をしている。

そして少しずつ、私ができることが増えている。

「すごいわ。みんな楽しそうだし」

「うん、こうやってできることを増やしていくお手伝いができるのは、こちらもうれしいよ。だから勉強しなきゃって思うし」

 透さんって言うんだ。七津先輩ととても親しげに話しているけど、何か関係あるのかな。それに引き換え、二柚先輩はずっとソワソワしてるけど。

 あとで練習が終わったら聞いてみようっと。


「ほら紬!ぼっーっとしてないで説明聞いてよ!」

 セッティングが終わり、音を出してみることになった。目の前にはキーボード1台とパソコン、それにパソコン操作用の大きな色違いのパッドが4つ、キーボードの下の方に取り付けられた。私が座っている高さでちょうど手が届くように距離と角度が決められた。

「あんまり激しく動くとズレちゃうかもな。まあどのくらいの動きになるかやってみよう」

「それじゃあ紬ちゃん、様子を見たいので一人で弾いてみようかな」

 アレンジして書き直した楽譜は全部覚えた。また音を変化させるタイミングやスイッチの操作も頭には叩き込んでいる。それでも身体がその通り動いてくれるか自信はない。不安が募る。でもがんばらなきゃ!

「はい!」

 一人でピアノの前に立つと、他の楽器のスペースの空間が目につく。

 もう一人じゃないって思っても、まだ不安が残る。

 あゆみさんが録音してあった練習用の音源を流そうとした時、眩さんが大声を出した。

「おい、やっぱり紬一人じゃなくて全員でやろう。そうじゃないとわかんないだろうよ。みんな準備して」


 演奏が終わったあと、ライブハウスはしんと静まり返った。観客はいないのでもともと静かだったが、演奏した自分たちをはじめ、関係者全員が何も話さなかった。

 いや、話せないくらい心に響く演奏だった。少なくとも私にはそう思えたけれど、あれ?違うのかな。私、なんかやらかしてしまっただろうか・・。

「すごいねー、私、音楽あんまりわかんないけど、すごいことはわかったよ。昔から語彙力がないから、すごいとしか言えないけど」

 二柚先輩が笑いながら声を出した。それで我に返ったのか、みんな話をしはじめた。

「うん、片手で弾いているのがわからなかったくらい自然な音だった」

 それはうれしい感想だ。それでも、みんなチェックは忘れない。

「曲の後半、段々とテンポが遅れてくるみたい」

「ギターも、音が少し混んでるからガチャガチャ聴こえるかも。ちょっと音数を減らした方がいいかも」

「パッドの位置がこんなにズレちゃったよ。紬ちゃん、かなり力が入ってたね」

「すみません、演奏に集中すると腕の緊張が強くなるんです」

「そうかー、じゃあパッドの感度をもう少し上げよう。あまり最初から力を入れなくても済むようにしとくかな・・」

「いえ、どうしても筋の緊張が強くなってしまうので・・」

「あ、そうか。だったら取り付け部分の強化だね。力が入っても動かないようにしよう」

 小さな課題は山積みなんだけど、あと2週間、どこまでやれるかな。

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