第12話
文化祭まではあと2ヶ月しかない。持ち時間からすると3曲演奏することになるから、今までの曲のアレンジをあゆみさんを中心に急いでいる。出来たら新曲をやろうという声も出ていて、練習も毎日ある。
大学から来てくれる先生や学生さんと、キーボードの調整も続いている。
「ねえ眩、ここのボーカルのソロの時って、紬のピアノを少し絡ませていくってのはどうかな?なんか2匹の蝶がこう、ゆらゆら進んでいくみたいな?」
「うーん、じゃあやってみっか。紬、合わせてついておいで」
「はい?うーん、わかりました。やってみます」
やれるかな。ううん、やればいいんでしょう。みんな強引だけど、いろんなことが楽しい!
今までこんなに多くの時間、人と一緒に何かを創ってきたことはなかった。
もちろん学校の勉強や病院でのリハビリテーションに時間は費やしてきたけど、どれもみんな一方通行だった。私の今までの足りない部分を埋めるための時間であって、これから先の必要なものを創り出す時間ではなかった。
「紬が文化祭でバンドやるなんてすごいね!」
インクルージョン部の部室で、同じクラスの葉月栞が声をかけてきた。栞には文化祭委員を引き受けてもらって迷惑をかけている。栞もいつも車椅子を使っている。。
「えー、そうなんだ。紬、カッコイイね」
「他は何かに出る人いないの?紬が一番目立つんじゃない?」
「これは応援に行かなきゃね。クラスの出し物の時間調整するから、何時に出るの?」
他の部員も期待の目で尋ねてくる。
「それが、ステージの一番最後なんだ」
「うわー、大トリだ!すごいね!」
大トリだなんて緊張しちゃうよ。先輩方の実績で当然のように最後になったんだから。
「でもさ、片手でキーボード弾くなんてすごいよね。いろいろ大変なんじゃないの?」
「うん、操作の補助にパソコンをつけて、それを右手でも使えるように大学の先生が工夫してくれたんだ」
「へえー、そんなことできるんだね」
「普通の曲を片手で弾くのって、難しいんじゃないの?」
「曲のパートをアレンジして、他の楽器でも音を補うように絡めていくから、まあ何とか・・。いや既に普通の曲じゃないって言うか・・」
「そっか、両方で歩み寄るんだ。それは大事よね」
部のみんなも、そこはわかってくれる。どちらかに一方的に合わせるんじゃなくて、お互いが歩み寄ることの大切さ。でもわかってもらえないと、これがなかなか難しい。
周囲の人がレベルを下げて私に合わせてくれる、もうそんな思いをするのは嫌だ。
本番2週間前に大宮先生から連絡が来て、セッティングの全体概要ができたから、ライブハウスでリハーサルをやってみようということになった。
「おー、紬、早いね!」
ライブハウスに入った途端、舞花さんに声をかけられた。時間に余裕を持って入ったつもりだったが、既に先輩方が機材の準備を始めていた。
「すみません、先輩!一番早く来るつもりだったのですが・・」
「はは、いいのよ。私たちいつも早いから」
「すぐにやります!」
「そうだね、一人でキーボードを運ぶのはしんどいからな。ドラムも結構準備いるから、ここは竿隊のメンバーにお願いしようか」
「いや、でも先輩方にそんなことさせられません!私が運びます!」
後輩なんだから、先輩にやらせるわけはいかない、と思ってそう言うと、舞香さんの手が止まった。
「じゃあどうするの?紬一人でやれるの?」
舞香さんが、珍しく私を叱るように言い放つ。
「う、あ、でも・・、私は後輩ですし・・」
「できないことを悩むんじゃないの。キーボードの配置まではこっちでやるから、あなたはその後にパソコンの配線とかあるでしょ。今日は大宮先生が来てくれるからいいけど、これからは配線関係は自分で覚えてね」
うーん。確かに人に頼らないとできないことはあるし、それに意地を張っていてもしょうがない。いつも先生方や誰か手伝ってくれる人が来てくれるわけでもない。
先輩方はとても合理的でシンプルな考え方をしてくれる。それを受け入れないと、人間関係が疲れる。
「わかりました。そこは甘えさせていただきます。ありがとうございます」
「うんうん、物分かりがよくてよろしい」
舞花さんがニッコリと微笑んでいる。
「大宮先生が来ました!」
あゆみさんから声がかかる。大宮先生とこの間来た学生さんに、今日はもう一人一緒にいる。
「どうだい、調子は?」
「緊張してます・・」
「うん、それくらいなら大丈夫。今日はゼミから二人連れてきたから」
「こんにちは」
あれ、この人なんとなくどこかで見たような・・。こんな顔の人、どこで見たんだろう?
「こんにちは、よろしくお願いします」
「それじゃあ一度ここで全部つないでみようか。うまくいったら一度バラしてステージに運んでもう一回つなぐよ。紬ちゃんは、一人でつなげるように配線覚えてね」
「はい、わかりました」
「と言っても、もう一人くらいわかっている人がいた方がいいので、押領司さんがやってくれるかな」
「はい、私そういうの得意ですから。ギターのエフェクターも全部やります!」
「おお、いいね!君は理系が得意かな?」
「いえ、そうでもないです!」
「ありゃりゃ」
笑い声の中でみんな作業に入ったが、だんだん緊張してきた。本番で体調が悪くなったらどうしよう。いろんな心配が少しずつ溜まってきた。
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