第11話

「右手の動きを見てもいいかな。ここに手が届くかな?」

 これから何をするか大宮先生から丁寧な説明があった。メンバーと七津先輩が一緒についてくれているからちょっと安心してる。特に吉野先輩はあの目つきで先生と学生さんを睨みつけていて、学生さんがやり辛い様子だ。

「紬の手に気安く触るなよ」

「あ、はい、すみません!」

 こわー。

「先生、この辺ですかね?パソコンはキーボードの上に置いて、スイッチはフレキシブルワイヤーでスタンドに固定して角度と位置を決めます」

「うん、そうだね。この位置は変えられるので会場のセッティングに合わせて見やすいところにするといいよ。では少し弾いてみてもらおうかな」

「紬ちゃん、ちょっとキーボードに触ってみてくれる?」

「はい、わかりました」

 キーボードにいろいろな部品が付けられている。これ全部操作するのかな?

 少し鍵盤を触ってみるが、それ自体は今までのままだ。

「ところで紬ちゃんさ、初見で弾けたりする?」

 舞花さんがステージで呼んでいる。

「はい、あまり複雑でなければ・・。あ、でも両手の曲は無理ですよ」

「この間聞いてもらった私たちの曲を、あゆみと少しアレンジしてみたんだ。まだ改良するけど、一応全体でやってみない?合わせられる所でいいから」

 え、何を。

「あゆみー、とりあえず一回やってみよ!こっち来てよ!」

 うんわかった、と言う声がフロアから聞こえてきた。二柚先輩と七津先輩がフロアに取り残されていたが、私を見てにっこり微笑んだ。そして両手の親指を立てて私に見せた。

 先輩方のセッティングの間に楽譜を読んだ。これなら何とかいけるかもしれない。でもこれだけの譜面をこのわずかな期間で作るなんて、私のためにどこまで時間を使ってくれたんだろう。

 先輩方がここまでやってくれた。スイッチの試作結果も合わせ、私にはこの呼びかけに答える理由ができた。

「準備出来ました!」

 私は大きな声で返事をした。


「キーボードはパソコンをつないで使えるから、その日の演奏曲に合わせて曲自体は演奏前に準備しておけばいいよね。演奏の途中で音の設定を変えたい時のために、スイッチにはパソコンの操作がしやすいような大きめのパッドがあればいいかな。あとは彼女の腕の力に合わせて感度の調節が必要だな」

 大宮先生が優しい顔で言った。

「でも、何とかなりそうな感じもしましたよ。最初の目標は文化祭なので、あと2ヶ月ちょっとです」

「まあ、やれるところまではやってみようね。僕もこういう仕事は楽しいんだよ。今まで出来ないと思っていたことが、道具の工夫でできるようになるって」

 合奏は、自分の頭の中で想像していた以上のものだった。私の演奏も、単に両手の分が片手で半分になったというものではなく、アレンジで他の楽器が補足してくれて音の豊かさが残っていた。もちろんまだ改良の余地はある。でもそれを見つけてクリアしていくのは、きっと楽しい。

「で、二柚が気にするから紬ちゃんに改めて意思確認するね。紬ちゃん、うちのバンドに入ってキーボードをやってくれますか?」

 黒沢先輩がかしこまった表情で私に尋ねる。

「もう答えなんか出てるだろうよ。さっき演奏で答えてくれたじゃないか」

 吉野先輩がムスッとした表情でいう。でも最初に見た表情より心なしか柔らかく見える。私がそう感じているだけかなあ。


「紬ちゃん、どう?」

 二柚先輩が優しく、でも少し真顔で聞いてきた。

 もうやるしかないじゃない、私。

「はい、私のような者に声をかけてくださってありがとうございます。これからたくさん努力しなければなりませんが、ご迷惑でなければ、ぜひ先輩方と一緒に演奏させてください!」

 先輩方の表情がうれしそうに見えた。

「うん、わかった!君は今からBe aliveの正式メンバーだ」

「よかったね!」

「これからは先輩後輩ではなくて同じバンドのメンバーだね。先輩って呼ばなくていいからね」

「では何と呼べば?」

「私たちは、みんな名前呼びだから、それに『さん』をつけるくらいでいいんじゃない?」

「わかりました。みなさん、ありがとうございました」

「あー、よかった。叔父さんにもこれからも協力してもらわなきゃだね」

 桜子さんが先生にお願いをした。

「それは構わないよ。出来たらうちのゼミの学生にも手伝わせてください。こんな現場で勉強できることは貴重な体験になるから」

 大宮先生が、今まで以上に優しい目をした。

 あゆみさんが私の方を向いて、尋ねた。

「紬ちゃんはそれでいい?先生と学生さんに手伝ってもらうということで」

「はい、もちろんです。私で役に立てるなら、データでもなんでも取ってください。よろしくお願いします」

 

 家に帰り、葵に今までの出来事を報告した。

「紬さ、報告が遅いんじゃない?」

「ごめんなさい、話が急でどんどん進んでいって・・」

「でも、やりたいって思えたんだね?」

「うん」

「だったら、私からは何もないよ。あーでも」

「何?」

「世の中、そんなにうまく行くことばかりじゃないから、その時はまた話してね」

「変なフラグ立てないでよ!もう!」

「あはは、じゃあがんばって」

「うん、葵も水泳部がんばってね」

「私はがんばらないよ。自分が好きでやってるだけだから」

「そうは言っても結果を残すのが葵だからな・・」

「はいはい、それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい」

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