第10話
二柚先輩から連絡が来たのは週明けの月曜日だった。
「紬ちゃん、あゆみたちがお話ししたいって言ってるけど、明日またスタジオに来てもらえるかなって。時間取れるかな?」
「スタジオに行くんですか?お話だけですし、学校じゃダメなんでしょうか・・」
私の中ではまだ決心がついていない。こんなあやふやな状態でまた会うのは失礼な気がする。
「うーん、あゆみも休み時間なんかバタバタやってて、私も詳しく話をしていないんだ。どうする?」
「あ、いや別に時間はあるんですけど・・」
「じゃあ、とりあえず来いって言ってるから、行こうか?また私と七津が一緒に行こうと思ってるけど、いいかな?結論を出せと言われたわけではないし」
「わかりました、ぜひお願いします!」
「こんにちは、お邪魔しまーす」
今回はエレベーターの場所はわかっているので、3人で直接ライブハウスに降りた。
中を見るとみなさんバタバタとして、またスピーカーから音が出ていて、こちらに気がつかない。メンバー以外の男の人も2人いる。
「誰ですか?」
少し不安になって二柚先輩に尋ねるが、首を振ってわからないという表情をしている。
「あー、ゴメンもう着いてたんだ?気がつかなくてごめん!」
「こんにちは。今日は何が始まるの?」
二柚先輩が黒沢先輩に大声で話しかけた。
「はいはい、みんな音出すのやめて!」
黒沢先輩が通りのいい声で叫ぶと、みんな一斉にこっちを向いた。
「紬ちゃんが来ましたので、紹介します!」
バンドのメンバーはわかっているので問題ないが、男性2人がわからない。
「こちらの2人は、北進大学の作業療法学科の先生とゼミの学生さんです。今キーボードとパソコン、スイッチ類の接続を見てもらっています」
「こんにちは」
「はい、こんにちは、はじめまして」
二柚先輩が戸惑いながら挨拶を返した。
「キーボードのスイッチ周りを使いやすくして欲しいという依頼を受けて、いろいろ取り組んでいるところだよ」
「二柚、ごめんね、先に話をしてなくて。こちら桜子の叔父さんで、大学の先生なの」
「はい、それはお疲れさまです。よろしくお願いします・・」
大学の先生?
「人が普段使う道具にスイッチの工夫をするのが専門なんですって。だから今、このキーボードにそれができるかどうか見てもらっているの。紬ちゃん、協力してくれるかな?」
「はあ、何というか、はい、構いませんが・・?」
この状況でできませんとは言えないと思うよ。リハビリの先生?何かされるのかな。
「北進大の大宮と言います。あなたがこのキーボードを使うんだね。ではちょっとこの前に来てもらえるかな」
なんだか訳がわからず、言われた通りにした。とっても優しそうに微笑む先生だ。だから不安は感じなかったが、二柚先輩と七津先輩の方が不安そうな顔をしている。
「ねえ、あゆみ、ちょっとその前に。これって?」
「ごめんねー、叔父さんのスケジュールに急に空きができたから今日になったんだ。悪いとは思ったけど、早めに準備もしたかったし」
「何をするかの説明をまずしてよ。紬ちゃんが不安がってるじゃない!」
二柚先輩と黒沢先輩が何か言い合っている。大きな声なので聞こえてしまう。
「だからごめんって!紬ちゃんがどうしたらキーボードが弾きやすくなるかを考えてるんだよ」
「でも紬ちゃん、まだこの話を受けるとか言ってないでしょ」
「私たちメンバーは全員、紬ちゃんがいいってことで一致してるんだ。だからどうしたら紬ちゃんが気持ちよくメンバーになってくれるか、考えるのは当たり前のことじゃない」
「ええー、そこまで思ってるの・・。じゃあ一つ聞かせてちょうだい。なぜ紬ちゃんなの?」
「それはあとで本人にも話そうと思ってたけど、やっぱりこの間の演奏は見事だった。今いるメンバーにはない音だったから。私たち4人にあの音が交われば、確実にバンドの質が上がると思うよ」
そんなことはない。私に、あの中で交わるなんて、無理だ。
「本当にそれだけ?無理して私たちのような子を入れようと思っていたりしていない?」
「え、何?それってどういうこと?」
「だって、人と一緒に演奏できない紬ちゃんが、かわいそうと思ったんじゃないの?そんな同情ならいらないわよ!ちゃんとわかるように説明しなさいよ!」
二柚先輩が今まで見たことのない表情で話をしている。
「二柚、落ち着いて。私たちが同情して憐んでるとかって意味?そんなことしたら、もはや友達ではないじゃない」
「うん・・いや、ごめんなさい言い過ぎたわ、そうでないのならいいわ」
「二柚がそんなに感情的にものを言うのは珍しいね」
「だって、私たちはそういう対象として見られることが多いのよ。上手だからと言う評価でなく、できたからと言う評価でほめられるの。そうなると中身なんか見てくれやしないわ。結構うんざりするのよ」
「間違っても私はそんな風になんか思ってないわよ」
「でも、そうやって勝手に思われることって、結構あるのよ。テレビ番組とかでもあるし。見ている人の感動のために私たちが生きているわけではないのよ」
それはよくわかる。前に出たコンクールもそんな風に思っている大人たちが多かった。何かいいことをしてあげているということに自分が満足するのだろう。そんなことを言ったら問題になるから、みんな知らないふりをしているけれど、私たちはわかっていた。
「そうなんだ、そう思わせたのであればごめんなさい。今回は本当に紬ちゃんの演奏が良かったからで」
本当ですか?
「うんわかったわ。そう言ってくれてありがとう。私も謝るわ」
「あ、もう一つあった!」
「何よ、ここまで言い合ったんだから正直に言いなさい!」
二柚先輩がまだ厳しい顔つきになっている。
「私が絶対に信頼している二柚が推してきた子だもの。いい子に決まってるじゃない。その上あんな演奏されたら、私たちが手放す訳ないでしょう」
「もー、あゆみったら。そんなに私のことを信用して・・。なんてこと言うのよ!」
急に二柚先輩が照れはじめた。
うーん、二柚先輩って、ちょろいかも。先輩ながら、かわいい。
あ、いま黒沢先輩と目が合って、私にウインクして来た。きっと同じこと考えてるな・・。
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