第8話

 ふう。


 曲が終わったけど、みんな何も言わない。この曲、結構難しい曲なんだけどな。

 昔からずーっと練習している、一番自信のある曲。でもやっぱりお気に召さなかったかな。左手1本で弾く曲なんて、普通は興味ないよね。

「えーと、終わりましたけど・・」

「うん、すごいよ紬ちゃん、これ・・」

 二柚先輩が目をうるうるさせている。

「うー、左手だけでここまでやるとは・・」

 皆さん、なんか独り言になってしまって、何も言ってくれない。

 ああ、きっと私のピアノは皆さんに合わせるのが難しいんだ。それがわかっちゃったかな。だから、困っているんだ。

 

 ふと顔を見上げると、吉野先輩がこちらを見ていた。反射的に私は身構えてしまった。

「あゆみ、これどうにかなりそうなもんか?」

「うーん、何とかなるんじゃない・・、というか、何とかさせるんでしょ」

 吉野先輩の問いかけに黒沢先輩が答えている。

「そだねー、あとは本人の気持ち次第ですな」

 大宮先輩がニコニコしながら私の方に近づいてきた。

「さて紬くん。ピアノの腕はわかった。左手のための曲というのを初めて聞いたけど、演奏はとても素晴らしかった」

「ありがとうございます」

 少し間を置いてから、大宮先輩がメンバーを見回し、声を上げる。

「それで、ウチらは紬くんを私たちのバンド、Be aliveのキーボードとしてメンバーに迎えたいと思っている。どうだろうか?」

 黒沢先輩がうなずいて付け加える。

「両手では弾けないことはわかったから、曲のアレンジをするわね。一緒に音を拾って考えていけばいいわ。ライブ中は、体力に応じて休憩しやすいようにするし」

「あゆみのMCが面白くなればいいのよ。その間休めるんだから」

「え、私のMCってそんなに面白くないの?」

「だっていつも眩が、早く次の曲に行こうって急かす顔してるよ」

「えーん、桜子ったら、なんてこと言うのよ!眩、本当にそう思ってるの!」

 

 どうしよう。

 きっと私、褒められたんだ。それは素直にうれしい。こんなバンドをやっている人たちに認められたなんて、誇っていいと思う。

 

 でも。

 私が入ることで、また多くの迷惑をかけることになる。


 少し褒められたくらいで、調子に乗るんじゃないわよ、私!

 あんたには一人が似合っているのよ。


 でも。

 ここで合奏の凄さを見せられた。音のつながりは人のつながりでもあるんだ。そのことに気付いてしまった。私もそっち側に行きたいー。

 私の心から漏れていた声を聞いていたかのように、二柚先輩が優しい眼差しで私を見てくれていた。

「今すぐ決めることはないのよ。いろいろ考えることも多いでしょうから、私たちでよかったら七津と相談に乗るし。それでもいいよね、あゆみ?」

 よかった、少し先輩方と話したい。私の思いも知ってもらいたい。

「もちろん」

「ありがとうございます。できたらそうさせてもらいたいです」

「わかった、じゃあ今日はこれで引き上げるね。あゆみ、ありがとう!」

 出る間際、黒沢先輩が笑顔で送り出してくれた。


 外へ出て、3人になったところで二柚先輩が話しかけてくれた。

「まだ時間ある?今日話しちゃった方がいいなら、このあとどこかに寄ってく?七津は時間大丈夫だよね?」

「もちろん!」

「はい、私も大丈夫です。すみません、お手間を取らせてしまって・・」

「大丈夫だよー。じゃあ駅前のワックに行こう!」

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