第6話

「どうだった?」

「すごーい、初めて聞いたけど、なんか圧倒されちゃった」

「うん、眩の声がステキ!」

「紬ちゃんは?」

「いや、素晴らしいです」

「それから?」

「それからって、えーっと、皆さんとても上手だと思います」

「それだけ?」

「えー、何を言えばいいんでしょうか・・」

 本当に、なんて言っていいかわからない。こんなに音って混じり合うんだ・・。

「今はそれくらいにしてあげて。突然感想を言えと言われても困っちゃうわよね」

 七津先輩が困っている私にフォローを入れてくれた。ありがとうございます。

「今日のキーボードは打ち込みだったんだけど、紬ちゃんがキーボードだったら、どんな風に演奏する?」

 私がキーボードだったら?

 こんな演奏についていけるわけない。半分しか音を出せてない。いや、きっと半分も出せない。

 私の音が他人と交わることはない。

 うーん、なんかやっぱり誤解があるようだから、先に話しておいた方がいいかな。怖そうな先輩もいるけど。

「あのー、ちょっとお話ししてもいいでしょうか?」

「うん、もちろん」

「二柚先輩からどこまで聞いているのかわかりませんが、私は、病気で身体の右側がうまく動きません」

「それは聞いてるよ。それでもピアノの演奏を続けてたんでしょ?」

「そうなんですけど、ピアノというのは両手で演奏することが基本なんです。私がやってきたのは左手だけで演奏できる曲があって、それを一人でやってきただけです」

「左手だけで演奏できる曲ってあるんだ」

「はい、だから今のような音数の多い曲なんて、左手だけではとても出来ません。他にも曲はあるでしょうが、全部両手を使わないと難しいと思います」

「なるほど」

「なので、今日は二柚先輩に、一緒に見学に行かないかと誘われたので付いてきただけです。だから、私がキーボードだったらどう弾くとか、あまり考えられません」

 言っちゃった。でも本当に正直な気持ちだから、仕方ないよね。生意気なこと言ってごめんなさい。


 少しの間沈黙があったが、吉野先輩が口を開いた。

「お前はどうしたいんだ?」

 私の目を見て、真っ直ぐに質問された。

「キーボードの音数が多いのなら減らせばいいし、減った分をギターとベースで埋めればいいだろう。あとはアレンジでクオリティを落とさないようにすればいいだけだ。そんなことより」

 そんなことより?


「お前はバンドをやりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだ?」


 どうしたいか?やりたいのかやりたくないのか?

 返せる言葉なんて今見つからない。いやこの先もきっと見つからない。

 だって、やりたくたって、できないんだから。

 選択肢にもならない答えは探せない。

 今までこんなこと、聞かれたことない。


 これならできるからやってみようよ。

 やった方がいいと思うよ。

 あなたのためなんだからやりなさい。


 いつも、やりたいかどうかなんて聞かれなかった。

「できるかどうかなんて聞いてないんだ。やりたいかどうか聞いてるんだ」


 さっきの演奏でこの4人の関係はわかった。みんな、それぞれ信頼し合っているんだ。減らした音を他の楽器で埋めるなんて、一人で演奏していたら発想できない。

 でも、私は今までそんな相手がいなかった。音楽を始めたのは、要するに自分のリハビリテーションのためだった。

 ピアノは好きだった。ピアノを弾いている間は自分の世界の中で好きなように過ごせる。だからピアノはそのための道具だった。何かが足りない私を埋めるための時間だった。

 他の人と協力して何か一つの方向に向かうなんて、誰も教えてくれなかった。

 そう思うと涙がこぼれてきた。

「あれ、おかしいな。悲しいわけじゃないんですけど」

「ほら眩、あんた紬ちゃん泣かせちゃったじゃない!」

 黒沢先輩が、真剣に怒っている。

「いや、違うんです・・」

「ごめんね、紬ちゃん。眩も謝んなさい!」

「私が泣かせた訳じゃあるまい。勝手に泣いたんだろう」

 吉野先輩が少し申し訳なさそうな表情を見せたが、涙で私にはわからなかった。

「怖かったよね、ごめんね」

「いいえ、すみません、違うんです。吉野先輩が悪いんじゃないんです。すみません」

 私の目を見て、真正面からこんな質問をしてくる人なんかいなかった。


「ねえ、もう1曲聴かせてもらえるかな?」

 二柚先輩が、この場の雰囲気を変えようとしてくれていた。

「そうだね、もう何曲か聴いてもらおうか。みんな準備しよう!」

 黒沢先輩の声にうなずいて、みんな持ち場についた。

「じゃあ2曲目はバラードっぽいのでね」

 バラードは、吉野先輩のボーカルを完全に活かし切った曲だった。声の音域が広く、楽器がもう一つ増えたようだ。ほとんどの曲は吉野先輩が作詞して黒沢先輩が作曲しているのだという。さっきから黒沢先輩が私に気を遣って吉野先輩を悪者にしているが、この二人の絆は誰にも増して強く感じられる。だからこそ相手に取れる態度だ。

 そういう関係を音で表現できるということを、初めて知った。

「うーん、眩のボーカルに圧倒されるわー」

「次はノリのいい曲いくよ!」

 3曲目は、アップテンポでキャッチーなサビが特徴だ。これは覚えやすいメロディーかも。つい口ずさんでしまう。そして、左の指が勝手に動いてしまった。

 きっと私なら、こう弾く。

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