第5話
「あれ、ここかな?あ、看板あったよ!この階段の下みたい」
「でもこの地下への入り口、エレベーターなさそうよ。どうやって降りるの?」
「うーん、おかしいなー、M A Pではこのビルっぽいんだけどなー。入り口が違うのかな」
横にはビルの入り口があるが、どう繋がっているかわからない。。
「あゆみに電話してみるね!」
二柚先輩が電話をすると、すぐにビルの入り口から人が出てきた。
「二柚、こっちこっち!ごめんね、わかりにくくて」
「あゆみ!よかった、間違えたかと思ったよ」
「エレベーターはビルの中のものを使うんだ。七津も久しぶり!」
「こんにちは、今日はありがとう。お邪魔じゃなかったかしら?」
「全然大丈夫!むしろ来てくれてありがとう、ってところ!」
「こんにちは、初めまして。1年3組の伊藤紬と言います。今日はよろしくお願いいたします」
「あー、この子が前に言ってたピアノの子だね!礼儀正しいね。私は2年1組の黒沢あゆみ。バンドではギターやってます。今日はよろしくね!」
「あゆみは私のクラスなんだ。いろいろ話している時にバンドの話になって、キーボードがいなくなったって聞いたのよ」
「どうしてその人はやめちゃったんですか?」
「3月で急に転校が決まったのよ。福岡だから通えないし、泣く泣く、ね」
「そうでしたか。それは残念ですね」
「紬ちゃんはバンドとかに興味ないの?ピアノやってたんでしょう?楽しいよ!」
うん、ピアノを弾くのは楽しい。でも人と一緒にはできないから。
「バンドを見るのは初めてなんです。とても楽しみにしていました。でも・・」
「私、見てのとおり身体の右側が動きにくいので、人に合わせて演奏するのは無理だと思います。今日は見学させてもらうって話で、二柚先輩と七津先輩に連れて来られて・・」
「おーし、細かい話は中でしよう!奥にエレベーターがあるから、行こう!」
エレベータを降りて目の前のドアを開けると、そこは思っていたより狭い空間だった。そうか、ライブハウスってそんなに人が多く入れないんだ。100人くらいで一杯かな。
いつも演奏していたホールとは違う。まず椅子がない。ライブハウスでは立ったまま観るんだ。
それと、ステージとお客さんの距離が近い。こんな近くで演奏したら相手に表情が丸わかりだし、ミスしたらすぐにわかってしまう。ごまかしが効かないだろうなあ。目が合ったら恥ずかしいかも。
「おー、来たね!いらっしゃい!ようこそ私たちのバンド、Be aliveの世界へ!」
「今日は見学させてくれてありがとう。私と七津は知ってるわよね。じゃあ紬ちゃんを紹介するわね」
二柚先輩に促され、私は自己紹介をした。ちょっと緊張する。
「1年3組の伊藤紬です。今日はありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
「ピアノやってるんだよね?あとで聴かせてね!」
うーん、ここで皆さんに聞かせられるような代物ではないかと思いますよ。
「じゃあバンドメンバーの紹介をするね。まずボーカルの吉野眩。私と二柚と同じクラスね」
紹介されてチラッとこっちを見たけど、何も言わない。
「はいはい、眩はいつもそれだなあ。あんまりやると後輩がビビるからやめてね」
ひぇー、睨まれた。なんかちょっと感じ悪い。そして目つきも怖い。早く帰りたくなってきた。
「ベースの大宮桜子。2年2組だね」
「よろしくね、紬ちゃん」
「こっちはドラムの押領司舞花。同じく2年2組」
「おうりょうじ、って言うのよ。珍しいでしょ」
「はい」
「ほら眩が睨むから紬ちゃん、怖がってるじゃない!」
「睨んでねーよ」
「あんたは普通にしてても睨んでるように見えるんだから、少しは愛想笑いを覚えなさい!」
「相手がどう思おうと自由だろうよ」
「もうこの子はいっつもこうなのよ!二柚からもなんか言ってあげて」
「私からなんかって言われても・・。眩に悪気はないんだから、まあいいんじゃない?あはは・・」
「そうやって甘やかすから、いつまで経っても態度が変わらないんだから」
なんか黒澤先輩に言われて、一層目つきが怖くなってきたような・・。
「ははは、紬ちゃん、大丈夫。ああ見えて、眩は実は優しいから。さ、今日は練習を見せてもらいに来たんだから、そっちを見せてね」
「あー、そうだった。私の愚痴を聞いてもらうのは今度ね。じゃあ準備して」
皆さんステージに上がり、持ち場についた。キーボードの前の不自然な空間が目についた。
「じゃあ1曲目行きます!」
演奏が始まった。早いビートでボーカルの圧倒的な声を光らせている。演奏技術も率直に言って、上手い。高校生のバンドって、こんなにレベルが高いのかしら。
でも、出す音とリズムを間違えなければ上手な演奏かというと、それだけでは足りない。
何より、このバンドはボーカルの吉野先輩の個性が売りだと聞いてきた。そのボーカルに寄り添った音を合わせている。一つ一つの楽器が主張するのではなく、それぞれの音を合わせることで一つの方向に向かっている。
と言って、吉野先輩の歌が王様で、他の楽器が従者というわけでもない。王様は自分を支えてくれる存在を知っている。それを大切にしていることが、聴こえる音から理解できる。
これが合奏なんだ。私は経験したことがない。私はいつも一人でピアノを弾いていた。他の楽器とも、誰かの歌とも、一緒に同じ方向に向かう演奏をしたことがない。
すごい。
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