3-2.呪詛(1)

「うわ、呪われとる」


 うなされる清正を見るなりそう口にした靖文を、実正は信じられない思いで見た。


「まさか」

「そーいうとこ盲目やな。清正が他人から恨みを買うようなことはないやろて? 人が人を恨む理由なんてな、真っ当な理由があるとは限らんで。逆恨みっちゅー言葉があるやろ」


 言い返せなくて口を噤む。

 さっさと枕元に座り清正の顔を覗き込んだ靖文は、観察をしながらも言葉を続けた。


「ま、今回は人間ちゃうみたいやな」

「ってことは」

「なんや妙な怪異に取り憑かれとるなー。祓わなあかん立場のくせに、なっさけな」


 嘲笑いながら、靖文は近くにいた邪鬼をピンと指先で祓った。


「弱っとるなぁ。普段のこいつならこんな雑魚寄り付かんやろ」


 靖文の言葉の通りだった。

 法力の有無に関わらず、清正の周囲は清浄だ。それは彼自身の性質によるもので、邪なものは居心地が悪いのだ。

 それが今は平気で近くにいる。それほど、清正は弱っている。

 

「結界がおかしいのも、きよが弱ってるせいか」

「そやろな。体調悪うて隙があったところにつけ込まれたんやろ。そんで更に弱って、この寺には邪なものが入り放題。空気が穢れるから、更に淀む。悪循環や。じわじわやってる手口からして、呪ってる相手、あんま強くはないで。ただ、かくれんぼは得意みたいやな」


 面倒くさそうに言った靖文に、実正が表情を険しくする。


「すぐには祓えないのか」

「尻尾出さんと、難しいな」

「それはどうすればいい」

「んー…今やるのは面倒くさいな。日が昇るまで待った方がええんちゃうの」

「そんな悠長なこと言ってる場合か!」


 怒鳴りつけた実正に、靖文は呆れたような目を向けた。


「あんなぁ。君なんもせえへんやろ。夜闇は怪異の縄張りやで。なんで相手の都合がええ時に相手せなあかんの」


 実正が言葉に詰まる。靖文の言うことはもっともだ。けれど、清正は刻一刻と消耗していく。朝までもつのか。

 何より、このままただ見ていることなど。


「朝になったら……逃げられたり、しないのか」

は夢に入り込んで、悪夢を見せ続けることで相手の精神を汚染してる。夢を見ている限りは離れないし、離れたら清正が目ぇ覚ますからな。まぁ夢の中で清正が負けへん限りは大丈夫やろ」

「負けたらどうなる」

「これでも怪病治療師やで。負けたりせえへんよ。ちゅうかこんくらいでやられるならそれまでや。助ける価値ないわ」


 実正が靖文の胸倉を掴み上げる。手には力が入りすぎて、血管が浮き出ていた。


「君らほんま人のこと掴むの好きやな。破けたら請求すんで」

「殴りかかるのを我慢してやってるんだ、感謝しろ」

「は〜、これだから肉体言語のバケモンは。今の状況で一番優位なの誰だと思てるの。わしが投げ出したら、清正どうする気なん?」

 

 ぎり、と更に手に力が入る。

 この男は。本気で清正を見捨てても構わないと思っているのか。


 ――それにしては行動がおかしい。


 本気でどうでもいいなら、何故こんな時間に寺まで来たのか。

 結界の様子がおかしかったとしても、自分でなんとかするだろうと放っておけばいい。

 夜間は怪異の時間だ。夜の間に何かが起こるのを危惧して、わざわざ尋ねて来たのではないのだろうか。

 

「あんた……何がしたいんだ」

「そらこっちの台詞やわ」


 ぴり、と空気から刺激のようなものが伝わる。

 これは。


「怪異が清正にくっついて、どういうつもりなん」


 ――敵意だ。

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