2-6.清正の法力

 体も温まり、幾分か気持ちも解れた。

 前向きに雪女の対策を考えるべく、俺は経蔵で、さねに符術に関する書物を見せていた。


「は!? 俺に使ったのが最後の一枚!?」

「仕方ねぇだろ、緊急事態だったんだから」


 ふいと顔を背けた俺にさねが何かを言いたげに口を開閉させていたが、やがて呆れたように息を吐いた。


「いや、うん。実際助かったしな。ありがと、きよ


 礼を言われているはずなのに譲歩された気がして、俺はふんと鼻を鳴らした。


「しかし一枚も現物なしか……俺にもこういうのはよくわかんないしなぁ」


 書物に目を落としながら眉間に皺を寄せて唸るさねに、俺も息を吐く。

 駄目か。別にさねにわかると思ったわけではないが、一人よりは二人の方が知恵が出るのでは、と考えたのだが。


「でも作れなかっただけで、使えはしたんだよな?」

「まぁ使うだけならな。多分誰でも使えたぞ」


 呪符そのものに術式も法力も組み込まれているのだから、使用者は願うだけでいい。それに込められた力の意味を解す者ならば誰でも使える。呪符がきちんと作成されていれば。


「手順は合ってるんだから、法力がこもらないってことか。うーん……力の流れが、よくわかってないのかな」


 言いながら、さねは俺の手を取った。


「おいなんだ急に気持ち悪い」

きよはさぁ、たまに力流してるよ。あれ自覚ないの?」

「はぁ?」

「俺がクリスにやられて入院してた時もさ、ずっと手握ってたじゃん。あれは意識してやってるんじゃなくて?」

「あー……」


 思い当たる節はある。俺の手が触れたものは治癒されることがあるから、そうしていたのだが。元気になれと願って触れてはいるが、意識して治していたのかと聞かれれば微妙だ。結果として治っている、というだけなのだから。


「生き物相手にしかやったことないしな」

「魂のない物質が対象だと苦手なのか。相手にも気が流れてる方がわかりやすいんだな」


 さねは力を込めるように俺の手を握った。


「俺の中にはきよの力が流れてるから、多分一番わかりやすいよ。想像して。手を通して、俺ときよの間で力が循環してる感じ」


 言われても。困惑しながら、目を閉じて想像してみる。


「集中して、力の流れを辿って。自分の力が相手に流れて、相手の力を受け取って」


 ――あ。手が、温かい。


 単純な体温だけじゃない。柔らかい温もりが伝わる。

 これがさねが力と言っているものなのだろうか。けれど、そんな風に呼ぶには、あまりにも。


「……あ、きよ、待った。循環、循環だから。受け取って。流しっぱなしだときよの方が潰れる」

「……うるせえ……」

「え? なんで顔赤いのさきよ。なんかのぼせた? 休む?」

「おう……」


 そのままばたりと床に仰向けに倒れた俺を、さねが心配そうに覗き込んだ。

 顔を見られないように、両腕で覆い隠す。


「大丈夫か? 慣れないことして疲れたかな」

「あのさ……お前……俺から法力を受け取って、なんともないのか」

「へ?」


 予想外のことを言われたように目を瞬かせて、さねは首を傾げた。


「元気になるけど」

「そうじゃなくて……なんか、くすぐったい、とか」

「くすぐったい?」


 更に首を傾げて、思い当たったのか小さく「あ」と声を上げた。

 それからさねの顔もじわじわと赤くなり、気まずそうに片手で顔の下半分を覆った。


「あー……まぁ、法力とか妖力とかそういうのは、さ。固有のものだから……本人の性質はあるな。あとは相手に対する強い感情、とか……」

「ふざけんな返せ二度とやらん」

きよの照れ隠しは過激だなぁ」


 苦笑するさねに歯ぎしりする。にゃろう。

 もちろん本気で返せなんて思っちゃいないが、相手にもこれと同じように何かしらの想いが伝わっているのだとしたら気恥ずかしい。

 はっきり心の内がわかるほどじゃないが、なんかこのむず痒い感じは、多分俺の方にもあると思われる。


「それで、できそう? 呪符作り」

「……やってはみる」


 上体を起こして、道具を準備する。

 力の込め方は多分わかった。さねに流したように、意識して呪符の中に法力を閉じ込める。

 前回は紙くずを量産したが、果たして。


 作成した呪符を持って、経蔵の外に出る。

 雪女に効果的なのはおそらく火だろう。実際に燃やすことで氷は溶けたし、雪女自身も退けた。

 火、火、火、と念じなから呪符を構え、力を込める。

 頼むうまくいってくれ。これができなきゃ全員凍っておしまいだ。


「うおっ」


 呪符の端にちりりと火の粉が散ったかと思うと、あっという間にでかくなった。


「やった!」

「おお……なんとかなった……」


 手元で燃える呪符を見て、俺は驚きから空笑いを零した。

 書物に挟まっていた呪符よりは弱いようだが、それでも十分だった。

 今まで術なんてろくに使えなかったのに。ちょっと感動ものだ。


 ――じいちゃん、見てるか。


 教わることはできなかったけど。あんたの孫は、なんとか戦っていけそうだ。


「それ熱くはないのか?」

「ん、ああ。そういえばそうだな」


 手元で燃え続けているにも関わらず、俺は炎の熱さを全く感じていなかった。俺自身を燃やす様子もない。


さねの氷を溶かした時も、お前はなんともなかったしな」

「術者の意図したものだけが燃えるのか。便利だな」


 それはありがたい。火が寺に燃え移ったら洒落にならない。


「……ん? ということはだ」


 きょとんと首を傾げるさねに、俺は思いついた炎の使い方を話した。


「それは……できるかな」

「何事も挑戦だ、やってみよう」

「いや気軽に言うけどさぁ……」


 えぇー、と文句を零すさねに、俺はにやりと口の端を吊り上げた。


「肉体労働はさねの担当だろ?」

「やらせていただきますぅ……」


 やっと見えた勝機に、俺は希望を持って空を睨んだ。

 雪よ、いつでも降るがいい。次こそは。

 決着をつけてやる。

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