第二部 雪女編

2-1.雪女の呪い(1)

「ぶえっくしょい!」


 おっさん臭い盛大なくしゃみをして、俺は鼻をすすった。

 箒を握る手がかじかんでいる。門前の掃除もそろそろ雪かきに移行するかもしれない、と俺はどんよりとした空を見上げた。

 ここ『正怪寺しょうかいじ』は元々廃寺だ。ある程度修繕はしてあるものの、まだまだぼろい部分もある。雪が深くなってきたら、門や屋根の上に積もった分はまめに下ろさないと潰れてしまうかもしれない。

 そうなったらさねにやらせるか、と早くも他力本願なことを考えていると。


「おーい、せんせーっ!」


 能天気な声に視線を向ければ、ちょうど今考えていた人物が、ぶんぶんと手を振りながら寺への階段を登ってくる。この寒いのに元気な奴だ。

 そしてその後ろには、小柄な女性の姿。ただしその女性は頭からすっぽりと布を被っていて、顔がよく見えなかった。どう見ても訳ありである。


「お仕事の時間かねぇ」


 やれやれ、と吐いた息は、白く溶けて消えた。


 

 ◆◇



 本堂の中。ぱちぱちと火鉢が爆ぜる音を聞きながら、俺は客人の前に腰を下ろした。


「俺はここの住職、清正きよまさだ」

「……さよ、と申します」

実正さねまさが連れて来たということは、何かしらの病の相談――で、合っているか?」

「はい。見ていただければ、わかります」


 落ち着いた声でそう言うと、さよは被っていた布を取った。

 現れた姿を見て、俺は息を呑んだ。


「こりゃあ……たまげた」


 はらはらと零れ落ちたのは、雪のように真っ白な髪。

 この世のものとは思えぬ色彩は、だが恐ろしさよりも美しさを感じさせた。

 元々のさよの造形が美しいことも作用しただろう。

 呆けて言葉を失う俺に、さよが不安そうな視線を向ける。


「ああ、悪い。あんまり綺麗なもんでな、つい見惚れた」

 

 それを聞いたさよは一瞬面食らった顔をして、僅かに頬を赤らめて目を逸らした。


「そんな風に言われたのは二度目です」

「二度目?」

「一度目は、実正様が」


 あ、なるほど。

 俺が半眼になると、さねが片目を瞑った。その仕草にいらっとする。

 あの女たらしが、姿が変わって不安がっている女に、何も言葉をかけないはずがない。

 歯の浮くような言葉を並べ立てて、褒めまくったに違いない。目に浮かぶようだ。

 気持ちを切り替えるように、俺は深く息を吐いた。

 

 そう。この女の姿は、変わっている。この髪の色は、生来のものではない。


「雪女の呪いか。実物を見るのは初めてだな」

「雪女……ですか?」

「ああ。あんた、誰か好い人はいるかい?」

「え、ええ……夫が」

「なんだ、既婚者か。そりゃ災難だ」

「災難?」


 首を傾げるさよに、俺はなんと説明したものか頭を悩ませた。

 しかしどう取り繕っても結論は変わらない。

 あまりいい言葉が思いつかなかったので、そのままを告げる。


「あんたの旦那、雪女に目を付けられたな」


 目を丸くするさよに、俺はなるべく簡潔な言葉で説明を続けた。

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