クリストファー・アダムス(4)

 ◆◇



 クリスはめきめきと頭角を現した。初めて行った使い魔召喚で、強力な悪魔を従えたことはあっという間に噂になった。

 早くからトマスに連れられあちこちの現場にも顔を出し、祓魔ふつまを行う姿は大人をも畏怖させた。

 優秀な人材だ、素晴らしい才能を発掘した、と教会のお偉方はクリスをもてはやした。するとどうなるか。

 当然、同年代からは疎まれることになった。

 孤児院では悪魔を見ることができるのはクリスだけだった。だから同じ能力を持つ子どもたちならクリスの理解者になれるのでは、とシスターは考えていたようだった。そこが彼女の甘いところだ。

 同じ異能を持つ子どもだからといって、それだけで受け入れるほど人間は優しくない。

 仮に、大勢の中の二人きりであれば、お互いを理解しようと努めたかもしれない。けれどここにいるのは、皆悪魔祓いエクソシストか、それを目指す者。つまり、ほぼ全員が異能者なのだ。

 そうなれば、もう異能は少数派マイノリティではない。異能こそが多数派マジョリティだ。

 同じ条件下で人間が集まれば、人はまた弾き出すための異端を見つけ出す。

 変わらない。どこへ行っても。

 人間は。



「ああ、ちょうどいいところに、クリス!」


 養父に呼び止められて、大聖堂の廊下でクリスは足を止めた。


「どうかなさいましたか、トマス司教」

「クリス……二人きりの時くらい、そんな言葉遣いはしなくてもいいんだぞ」

「そうはいきません。昔とは、立場が異なりますから」

「それは教会内での位であって、君と私は親子じゃないか」


 澄ました顔のクリスに、トマスは溜息を吐いた。


「すっかり大人になって、可愛げがなくなってしまったな」

「元々あった覚えもありませんけどね」


 悪魔祓いエクソシストとして日々を過ごし、クリスは十八になっていた。体つきはすっかり成熟して、柔らかい顔立ちは信者たちにも好評だった。その人望から、じきに司祭として教会を一つ任されるのではないかと専らの噂だった。


「それで、何か御用ですか?」

「ああ、そうだ。急ぎで呼ばれてしまって、悪いんだがこの本を禁書庫に戻しておいてくれないだろうか」


 トマスから手渡された本と鍵に、クリスは目を瞠った。


「禁書庫は、司祭以上でないと立ち入りできないでしょう。私にこんなものを渡して、ばれたら懲戒ものですよ」

「なに、クリスなら大丈夫だろう。誰かに咎められたら、私から口添えしておく」

「またあなたはそんな……」

「頼んだよ。施錠を忘れずにな」


 言い残して、トマスは去っていった。

 自由な養父に頭を押さえて、クリスは禁書庫へと向かった。


 大聖堂の地下にある禁書庫は、常に施錠されている。利用には申請の上で鍵を借りる必要があり、その申請は通常司祭以上でないとできない。

 分厚い扉を開くと、書庫特有の少しカビ臭い独特な臭いが鼻をついた。

 明かりをつけ、目当ての棚を探し出す。


 ――ここか。


 トマスに渡された本を確認し、棚の中に戻す。

 クリスは興味本位で、棚に並べられた本を眺めた。

 この棚は、悪魔召喚に関する本だ。禁書庫に並べられているということは、かなり高位の悪魔。呼び出してはならないものたちが載っているのだろう。

 使い魔召喚では、術者の力量によって呼び出せる悪魔が異なる。しかし、使役を前提としない悪魔召喚においては。正確な手順を踏み、悪魔を現界させられるだけの霊力を与えられるのなら、素人でも行える。行える、というだけで、成功するかどうかは悪魔次第だが。

 普通なら、まず現界させられるだけの霊力を与えることができない。だがこれは生贄を用意することで補える。困難なのは手順の方だ。隔絶された世界を繋ぎ、針の穴を通すような繊細さで、知覚することのできない存在に呼びかける。それでも悪魔の方に応じるつもりがなければ、無視されるだけ。相応のがなければ、悪魔は応えない。

 目を引いた一冊の本を手に取って、ぱらぱらとめくる。禍々しい見た目の絵図を見て、クリスは目を伏せた。


「……サタン」


 その名を呟くと、傍らの気配が僅かに震えた。クリスの使い魔だ。同じ悪魔からしても、恐怖の対象なのだろう。

 キリスト教徒なら誰でも知っている。悪魔の王。元は天使だったものが、堕落したものだという。

 与えられた役割を捨て、主に反逆したもの。悪魔という存在になって尚、同族にも恐れられる孤高の王。

 彼は、自分の居場所がどこにあると考えていたのだろう。

 クリスは黙ってページをめくり、文字を辿った。

 その気になれば、クリスは目にしたものを一度で覚えることができた。その特性は、養父も知らない。

 クリスは暫くの間、そこに留まっていた。

 やがて本を閉じると棚に戻し、静かに禁書庫を出て行き、扉に鍵をかけた。

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