8.癒しの手(1)
「じいちゃんじいちゃん! おれも、おれも今のやりたい!」
「ん? 今の?」
「なんかこう、手で、ばあーって! そしたら、怪異が、ぶわーって!」
「ああ……そういうことか」
幼い清正の前に屈み込んだ祖父――
「その内、その内にな」
「じいちゃんそればっか! おれも、薬草の見わけかたとか、薬のせんじかたとか、そんなのばっかじゃなくて、もっとかっこいいのおぼえたいよ」
「これ、清正。治療師の仕事にかっこいいも何もあるか」
「だあって」
むくれた子どもに、兼正は溜息を吐いた。
この年頃なら、地道な作業をつまらないと思っても仕方あるまい。
しかし、父親である
怪病治療師として。そして、祖父として。
「なぁ、清正。忘れてはいかんぞ。我々の仕事は、怪異と戦うことではない。患った人間を癒すのが、治療師の仕事だ」
「ちゃんとおぼえてるよ。いいかげん耳にたこだよ」
「そう言うな。一番、大事なことなんだ。何かを傷つけようとするな。壊そうとするな。お前のその手は、誰かを救うためにある」
「……よくわかんないよ」
拗ねた清正に、兼正は苦笑した。まだ六つだ。母を亡くし、父もいなくなってしまったばかりで。どれだけ寂しかろう。
そんな状態で、清正はよくやっている方だ。少しずつ、理解してくれればいい。
「あ、でもね、おれの手。すくうってのは、ちょっとわかる」
「うん?」
「すくうって、たすけるってことでしょ? おれがね、さわったら、たすかったから。たぶん、そういうことなんだよね」
「――……待て、清正。それはどういうことだ?」
「え?」
「何を触った。何を助けた?」
急に清正の両手を握って険しい顔をした兼正に、理由のわからない清正は怯えた。
「とり、おちてたから。あ、えと、巣がね、くずれて。それで」
「それで?」
「えと、けが。血が、でてたから。おさえなくちゃって。それから薬つけてあげようと思って。でも、手をはなしたら、治ってて」
「治っていたのか? 怪我が?」
「う、ん」
兼正の表情に、清正は叱られたかのように涙を滲ませた。
「ごめんなさい。おれ、だめだった? わるいこと、した?」
「ああいや、違う。そうじゃない。ごめんな、清正」
泣き出す寸前の清正を、兼正はその胸に抱き締めた。
「そうか。お前は……父親に、似たんだなぁ」
「じいちゃん……?」
「清正、お前は優しい子だ。人を救うことだけを考えなさい。悪意の中にあっても、お前は、誰も恨むな。憎むな。優しい力の使い方を覚えなさい」
戸惑う清正の額に指を当てると、兼正は口の中で何事かを唱えた。
直後、清正は糸が切れたように眠りに落ちた。
「お前は、父のようにはなるなよ」
頼正は、大層法力が強かった。
その力を持て余さないように。悪用されることがないように。兼正は、早くから頼正に力の使い方を教えた。
それが間違いだった。
幼くして力で他を屈服させることを覚えた頼正は、傲慢だった。患者の心に寄り添うことをしなかった。ひっそりと暮らしているだけの怪異を無理やり祓ってしまい、恨みを買うこともあった。
それも妻と出会ってからは変わったとばかり思っていたが、妻の死を受け止めきれず、息子を置いて出て行ってしまったことを考えれば、性根は変わっていなかったのだろう。
清正にはそんな道を歩かせるまい。そう思った兼正は、清正には心身が成長してから法力の使い方を教えるつもりだった。
今の清正はまだ精神が未成熟だ。せめて、十二になるまでは。それから訓練を始めても、元服までには力を使いこなせるようになるだろう。
しかし、清正は頼正の強い力を受け継いでいるようだった。意図せず、他者にそれを与えてしまっている。本人が制御できているならいいが、流れるままにしているのはまずい。
兼正の法力は凡庸だ。清正が力を制御しきれなければ、兼正が力尽くで押さえることは難しい。悪意のある者から搾取されないためにも、今の清正に法力は必要がないものだ。
だから十二になるまではと。兼正は清正の法力を封じた。
しかし清正が十二となり、兼正のかけた術が解ける頃。
兼正はこの世を去った。
特に重い病だったということもなく、老衰だった。ぎりぎりまで働きながら、十分に長く生きた。
だから清正も悲しくはあったが、それを悔やむようなことはなかった。
ただ結局、清正はろくに法力の使い方を学ばないまま、一人になってしまった。
幸い、それで不便を感じるようなことはなかった。清正自身が法力を使おうとしないから、力は穏やかに凪いだままで、暴走するようなこともなかった。
十五で実正に出会ってからは、武力面を実正が一手に引き受けたこともあり、今に至るまで清正は法力など意識することなく過ごしてきたのだった。
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