7.これから(3)

「で、だ。ろくにわからんということがわかった今、奴とまた会った時のためにできる対策は何かというと」

「うん」

「――修行をしようと思う」


 さねが盛大に吹いた。


「おいなんだその反応」

「っごほ、だ、だって、きよ。十や二十の若者ならともかく、二十七にもなって、修行って」

「おう馬鹿にすんなよ。今まで戦闘系は手を出してこなかっただけで、俺はまだ伸びしろがある。多分。きっと」

「いやぁ……難しいんじゃないかな」

「なんでだ」


 難しいと言うからには理由があるのだろう。言ってみろ、と視線で促せば、さねは大層言いづらそうに、視線を逸らしながら口を開いた。


きよはさぁ……法力、弱いよな」


 がん、と岩が降ってきた気分だった。弱い。弱い?

 まさか。一度も言われたことがない。そりゃそうか、そんなことを指摘する人間は側にいなかった。いや待て、もしかしてじいちゃんが俺に法力の使い方を教えなかったのはそれでか?


「まぁそれ俺のせいでもあるんだけど……」


 大きな衝撃を受けていた俺は、小さく呟かれたさねの言葉を聞き逃した。


「いや!! 弱くても、なんかこう、努力すれば!! 強くなれる、はず!!」

きよ……やる気は認めるけど、方向性を見直した方が」

「できるっつったらできる! 一応僧としての修行もやったといえばやったんだ!」

きよなんちゃって僧侶だからなー」

「お前それ檀家さんの前で言ったらしばき倒すからな」


 さねがきゅっと口を結ぶ仕草をした。

 真似事に近いが、僧侶の仕事もやっているといえばやっているのだ。別に騙しているわけではない。うちの檀家たちは皆事情を把握している。正統な寺ではないとわかった上で協力してくれている。だからといって、それに甘えて俺が適当にしてもいいということにはならない。これでも普段は住職として振る舞っているのだ。


「とりあえず今日から滝行を日課に取り入れようかと」

「やめてきよ死んじゃう。折れちゃう」

「人間がそう簡単に折れるか」

「自分の体格見てから言ってよ」


 言い返したいが、さねほどの偉丈夫に言われると、何を言っても僻みになりそうで口を噤んでしまう。


「どうしても何かしたいなら、まずは体を鍛えたら?」

「山を上り下りできる程度の体力はあるんだし、別段貧弱ってこともないんだがな」

「持久力はあるのかもしれないけど、もうちょっと筋力付けた方がいいよ」

「筋力……。刀でも振るか。護身用にちょうど良さそうだし」

「やめろ。武器なんか持つな」


 思ったより鋭い制止に、俺は一瞬動きを止めた。はっとして、さねが慌てて笑顔で取り繕った。


「ほら、僧侶が武器はさ、まずいでしょ。おじいさんも、きよにはあんま戦わせたくなかったみたいだし?」

「あ、ああ……まぁ……」

「それにさ、近々刀は持てなくなるって話だよ。今買っても無駄になるし、やめた方がいいって。錫杖とか振ったら?」

「あれ法具なんだけどな」

「いいじゃん。修行の一環てことで」


 明らかに作られた笑みに、俺は眉をひそめた。


きよ加減下手なとこあるし、無茶しすぎないよう見張っておかないとなー」

「何言ってんだ。お前仕事あるだろ。町に帰れ」

きよこそ何言ってんだよ。いつまたクリスが来るかわかんないだろ? 俺が側にいない時に襲われたらどうするのさ」

「誰が守ってくれっつった」


 ぎろりと睨みつけると、さねが怯んだ。


「そのために修行するっつってんだろ。俺一人でも平気なように」

きよ、それは」

「もちろん、今すぐ強くなれるわけじゃない。だからって、四六時中側にいるつもりか?」

「俺はそれでもいい」

「阿呆。お互い生活があるだろ。迷惑だ」

「だって」

「いいか」


 前のめりになるさねの額に指を当てて、動きを止める。

 丸くなった目を見返して、正面から告げる。


「俺たちは相棒なんだろ。対等なんだろ。だったら、俺だけ守られるのは違うだろ」

「できることが違うだけだ。戦うのは俺の方が得意ってだけで、役割分担しようって話」

「そうかもしれんが、だからって生活を犠牲にしてまでってのはやりすぎだ。心配すんな、有事の際にはこき使ってやるから」


 納得いかない顔をしているさねの額を、そのまま指で弾く。

 小さく声を上げて、さねが額を押さえた。


「とにかく、俺は俺で、できることをする。お前も顔を見られてるんだから、気をつけろよ」

「……何かあったら、どんな手を使ってでも、すぐ呼べよ」

「わかったわかった」


 心配性なさねを半ば無理やり追い出して、俺は大きく伸びをした。


「……錫杖でも振るかな」

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