7.これから(2)

「親父が出て行ったから、俺はじいちゃんから怪病治療師の仕事を教わったんだ。そのじいちゃんの口癖が、『俺たちはあくまで治療師で、人を癒すのが目的だ』ってな。怪異を調伏するのは陰陽師の領域だ。世の中で怪奇現象が起こっても、俺たちはその原因を探ったり解決したりはしない。人を襲う妖を倒したりもしない。ただ病にかかった人を診る。それだけが、俺たちの仕事なんだと」

「それできよは全然戦わないのか。でも、危ないこと何度かあったろ」

「本来なら、身を守る術くらいは覚える。寺の方に持ち込まれる仕事で必要になることもあるしな。ある程度体ができてから、俺も法力の使い方を教わる予定だった。けど、じいちゃんも俺が十二の時には死んじまったからな。治療に関することは優先的に教わっていたから問題なかったが、おかげで護身術はからきしだ」


 代々伝わる書物も、それはあくまで治療に関する資料だ。戦い方なんて書いちゃいない。そこは各自で頑張れという投げやり具合である。どうせならそれこそ秘伝の書とか欲しかった。


「俺と会ってからは肉体労働は俺がやってるけど、きよ一人の時はどうしてたんだ?」

「お前が町からひょいひょい患者を連れてくるようになるまでは、ろくに患者は来なかったんだよ。じいちゃんの頃から付き合いのあった家ならともかく、元服前の子どもに病人を診せたいと思うか」

「あー……なるほど」


 じいちゃんが死んで、必然的に俺は後を継ぐことになった。親父は消息が知れなかった。戻ってくることはないだろうとわかっていた。

 だからじいちゃんが死んでからは、歴代の書物が俺の師となった。基礎はじいちゃんから叩き込まれている。読み解くことに支障はなかった。

 圧倒的に足りないのは経験だ。だから時折町に降りて、怪病を患っている人がいないか探したりもした。それも子どもの内は、やはりうまくいかなかったが。

 状況が一変したのは、さねと出会ってからだ。どういうわけだか、さねは怪病の人間を見つけるのがうまく、寺へ病人を連れてくるようになった。それが噂となったのか、医者の手に負えぬ奇妙な病が発症したら、山奥の『正怪寺しょうかいじ』に行くといい、という話になったのだ。

 寺のくせに『怪』の字が入っているので、実は大層気味悪がられていたというのは後で知ったことだ。これは一種の記号らしく、名づけはじいちゃんよりもっと前の世代なので、俺の一存では変えられない。『正怪寺』というのは今俺が管理している寺そのものについていた名前ではなく、旅をしていた頃から僧侶の身分を隠れ蓑にしていた歴代の怪病治療師たちが、自分たちの所属として名乗っていたものだそうだ。


「その後は知っての通りだ。俺はずっとこの寺で、一人で住職と怪病治療師の仕事をしながら暮らしてる。生活は檀家さんにも助けてもらってるし、仕事はさねも手伝ってくれるし、大きな問題はない」

「……その間、親父さんからの連絡って」

「ないな。手紙の一つもない。もしかしたら、じいちゃんが俺に気をつかって隠していたのかもしれないと、一応探したんだが……あるわけがなかったな。日本中旅したってのも、海の向こうに渡ったってのも、じいちゃんの情報網でわかっただけだったし。じいちゃんが死んでからは、事故で死んだって風の便りで聞いたのが唯一の親父に関する情報だ」

「ってことは、クリスとどういう関りだったのかは、まるで手がかりがないのか」

「だなぁ。多分アメリカで会ったんだろう、としか」


 話し疲れて、俺は溜息を吐いた。自分の話をすることなどそうそうないから、知らず肩に力が入っていたようだ。


きよ……大丈夫か? 少し休むか?」

「ん? いや、そこまで疲れちゃいない」

「けど……」


 言い淀むさねの表情に、俺は行儀悪く足を伸ばしてさねの足を蹴った。


「おわっ!?」

「変な気をつかうな。どんだけ昔の話だと思ってんだ。厄介ごとに巻き込みやがってと思っちゃいるが、感傷に浸るようなことは微塵もない」

「そっか。なら、いいんだ」


 ほっとしたような、それでも心配そうな目で見てくるさねに、俺は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

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