第6話
「かっこいいですよ、ルクス」
「母さんもとても綺麗だよ」
「うふふ…そんなお世辞も言えるようになったのね…」
「お世辞じゃないよ」
実際、お世辞などではなかった。
目の前にいる今世の俺の母親、ドレスを身に纏ったソーニャは、齢三十を超えているとは思えないほどに若々しく美しかった。
俺がソーニャを綺麗だと褒めると、ソーニャは嬉しそうに目を細めて笑った。
「ありがとう…ルクスちゃんも今日はビシッと決まっててかっこいいわよ」
ソーニャが俺の襟を正しながらそんなことを言う。
今日こうして俺とソーニャが互いに着飾っているのには理由があった。
今日は、二人で皇居へと赴き、そこで隣の王国からやってくるエリザベート王女の歓待式に参加することになっているのだ。
エリザベート王女は、帝国の隣国、ブリターニャ王国の国王の娘で、王位継承権第二位にあらせられる方だ。
帝国と王国はこの頃、勢力を拡大してきている魔族たちに対抗するべく接近していた。
そして二国間の連携をより緊密にするために、エリザベート王女と帝国の皇位継承権を持つ皇子の誰かとの婚約が囁かれていた。
つまり今日のエリザベート王女の歓待式は、そのまま次期皇帝の座をめぐる権力闘争の戦場であると言っていい。
なぜならば、隣国の王女と婚約を取り結び、関係を強化できれば、一気に帝国内における権力闘争において有利な立場を得られるからだ。
ゆえに他の皇子たちは今日、きっと躍起になってエリザベート王女に取り入ろうとすることだろう。
かく言う俺はというと、冷遇されており、すでに無能の噂が隣国にまで知れ渡っているためエリザベート王女に目にかけてもらえるはずもなく、最初っから諦めているため、とにかく歓待式を無難に乗り切ることしか考えていなかった。
「それじゃあ、行きましょうか、ルクス」
「うん、母さん」
とにかくやらかさないように、無難に全てをやり過ごそう。
そう何度も自分に言い聞かせながら、俺はソーニャと共に皇居行きの馬車に乗り込んだのだった。
エリザベート王女の歓待式の会場である皇居内の広場は、みたこともないぐらい華やかな場所だった。
様々な食事が並べられ、音楽隊が楽器を奏でている。
招待された特権階級の人々は、豪奢な服装に身を包み、会話やダンスを楽しんでいた。
俺は母のソーニャと共に会場の隅っこの方で飲み食いしながら、会場全体を見渡した。
「人気があるな…兄さんたちは…」
やはりというか、この場にやってきたたくさんの貴族たちに人気があるのは俺以外の皇子たちだった。
将来この国の皇帝になるかもしれないものと繋がりを持とうと、おめかしをした美しい貴族の令嬢たちが、皇子たちの元に群がっている。
皇子たちはわかりやすく鼻の下を伸ばしたり、あるいは無表情を貫き余裕を演じたりと思い思いの反応を見せている。
…そして当然ながら俺の元にやってくる貴族などいない。
当然と言えば当然で、次期皇帝になる確率が万にひとつもないと思われている俺に取り入りたいと思っている貴族などいないと言うことだ。
「みて…あれが…無能皇子…」
「魔法を全く使えないらしいな…」
「娼婦の子供らしいわよ…」
「後宮でいじめられているらしいわ…」
周りからはそんなヒソヒソ話が聞こえてくる始末である。
別に俺の悪口を言うのは構わないが、母さんの悪口を言われるのは普通に腹が立つ。
俺が言い返してやろうと肩を怒らせていると、母親が俺を制止してにっこりと笑った。
「気にすることはないわ、ルクス」
「母さん…?」
「放っておきなさい。相手にする必要はないわ。言わせておけばいいのよ」
「…わかった」
他の貴族と揉め事を起こし母さんに迷惑をかけてしまってはいけない。
そう思い、俺は言い返したい気持ちをグッと堪えてその場で耐えた。
「エリザベート王女陛下、入場!!!」
やがて、パーティーも佳境に入った頃、いよいよ正面の扉から、護衛の騎士と共に隣国の王女、エリザベートが会場に姿を現したのだった。
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