第7話


「おぉ…あれが…」


「美しい…」


「噂以上だ…」


「とてもこの世のものとは思えない…」


「なんと美しいのだ…」


エリザベートが会場に姿を現して、どよめきが広がった。


俺も白いドレスに身を包んだ王女を見て、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。


エリザベート王女の美しさについては、帝国の隅々まで知れ渡っているほどに有名なことだったが、はっきり言って彼女の容姿は噂以上だった。


白磁の肌。


黄金の髪。


透き通ったブルーの瞳。


まるで絵画から抜け出してきたような、この世のものとは思えないほどの美女がそこにいた。


音楽隊の奏でる音が、彼女の入場を彩り、人々からは歓声や拍手が起きる。


エリザベート王女様は、人々の歓声に応えるように右手を上げた後、横並びになった帝国の皇子達の前にたった。


「ほら、ルクス…あなたも」


「え、母さん?俺も?」


「そうよ。あなたも皇子でしょ」


「でも…」


「ほら、堂々としなさい」


「わ、わかった…」


母さんに促されて、俺は横並びになった皇子

たちの一番端っこに並ぶ。


「初めまして。隣国よりやって参りました、エリザベートと申します。以後お見知り置きを」


エリザベートはそう皇子達の前で挨拶した後に、一人一人と握手をして回っていた。


「え、え、え、エリザベート様っ…わ、私はこの国の第一皇子の…」


「フスーッ……フスーッ」


「はぁ……はぁ……」


「な、なんて美しさだ…」


「…っ…っ」


皇子達は、エリザベートを前にして緊張で挨拶を噛んだり、鼻息を荒くしたり、あまりの美しさに見惚れたりしている。


第二皇子のダストなんて酷いもので、エリザベートを不躾にジロジロ眺めまわし、エリザベートが前にやってくるとさらに鼻息を荒くしてその手を取り、白い手に何度も執拗にキスを落とした。


エリザベートの表情に一瞬嫌悪の色が浮かんだが、しかしすぐにここが外交の場でもあることを思い出したのか、笑顔を浮かべてにっこりとダストに向かって笑いかけていた。


そうやって皇子達に順番に挨拶をしていったエリザベートが最後に俺の目の前にやってきた。


俺はなるべく失礼のないように彼女の目だけを見て、なるべく簡素に、謙った挨拶をエリザベートにした。


「あなたが……あのルクス様、なのですか?」


「…?」


エリザベートが少し驚いたように俺をまじまじとみてそう言った。


あの、と言うことは何か俺の噂を聞いているのだろうか。


だとしたらきっとそれは良くない噂だろう。


皇帝に冷遇されている無能王子としての俺の噂は、隣国にまで伝わっていると言うからな。


「噂とは……当てにならないものなのですね…」


「え…?」


エリザベートが小さく何かを言った。


聞き取れなかった俺が首を傾げると、エリザベート王女はにっこりと笑った。


「いえ…なんでもありません。お会いできて光栄です、ルクス様」


「は、はい…私も光栄です。エリザベート王女」

「はい。ではまた、後ほど」


そう言ってエリザベートは一礼して俺の前から去っていき、皇帝に挨拶をしに行っていた。


エリザベートが皇帝に歓待式の礼をいい、皇帝が存分に楽しんでもらいたいと言うようなことを言った後、パーティーは再開された。


「エリザベート王女!ぜひ私と一曲踊っていただけませんか?」


「はぁ、はぁ!!エリザベート様ぁ!お、俺…じゃなかった。私と一曲ダンスを!!ぜひに!!」


「エリザベート様!!私と踊っていただけないでしょうか!?」


楽器隊による音楽が再開されるや否や、王女に王子様達が群がり、ダンスをしてくれと必死に懇願している。


俺は、敵を作らないためにその戦いには参加せずに、必死な皇子たちの様子を遠巻きに眺めていた。


「お待ちください、みなさん。お誘いは嬉しいのですが、私はすでに最初に踊る人を決めています」


皇子達に群がられた王女が、そんなことを言った。


途端に皇子達が互いの顔色を伺い合う。


誰もが、当然自分が一番だろうという顔を浮かべていた。


周囲の人々は、誰が一番目に王女のダンスの相手になるのだろうと固唾を飲んで見守っている。


「ルクス様……どうか最初に私と一曲踊っていただけないでしょうか?」


「へ?」


思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


エリザベート王女が選んだのは、ダンスを申し込んだ皇子の誰でもなく、遠巻きに眺めていた俺だった。


俺はまさか自分が名指しされるなどとは夢見も思わず、口をぽかんと開けてしまった。


「ダメでしょうか…?」


「…っ!?」


俺は慌てて我に帰る。


王女がなぜ俺を選んだのかはわからないが、一応俺もこの国の皇子としてこの場に参加している。


彼女の気を悪くしないためにも断るわけにはいかなかった。


「よ、喜んで」


「ありがとうございます」


曲が始まった。


人々がパートナーを見つけ、体を揺らし始める。


俺は王女と共に中心まで歩き、肩と腰に手を当ててぎこちない動きでダンスを踊った。


「ど、どうして俺を一番に…?」


俺は恨みがましくこちらを睨んでいる他の皇子達の視線をひしひしと感じながら、王女にそう尋ねた。


王女が俺の耳元でこっそりと呟いた。


「あなたが一番誠実そうに見えたので」


「…っ」


王女の真意がどう言うものだったのかは知らないが、それからしばらく俺は王女様と踊っている間、選ばれなかった他の皇子達に殺意に満ちた目でひたすら睨みつけられるのだった。

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