第5話
「危なかったな…」
薄暗い森の中で俺はそう独りごちた。
俺を魔法の練習台にしていたダストたちからソーニャと共に逃げてきてしばらくが経過している。
あの時……ダストの放った魔弾がソーニャに当たりそうになった時、俺は咄嗟に魔法を使ってソーニャを守ってしまった。
そのこと自体に後悔はない。
自らの愛する母親を大怪我から守れたのはいいことだ。
しかし、できればダストや他の後宮の側室たちの前では魔法は使いたくなかった。
彼らにはいつまでも俺が、娼婦の女から生まれた魔法がろくに使えない無能だと思っていて欲しかった。
そのほうが、俺にとって都合がよかった。
だが今日、俺はソーニャを守るために咄嗟に彼らの前で魔法を使ってしまった。
ソーニャに怪我がなかったのは喜ぶべきことだが、あのような状況を作り出してしまったのはどう考えても失敗だった。
「まだ俺の実力について確信しているわけじゃないだろうし……今後は気をつけよう」
彼らの頭の中には、俺がろくに魔法を使えない冷遇されている無能であるという刷り込みが強い。
一度あのような形で魔法を発動したからといって、俺を実力者だとは認めず、彼らに都合の良いストーリーを頭の中で作り出すはずだ。
たとえば、俺ではない他の誰かが隠れて魔法を発動してソーニャを守ったのだ…と言ったような。
だが、その刷り込みも、俺が何度も何度もダストの魔法を打ち消すようなことをしていれば完全に解消され、皆が俺の本当の実力に気づいてしまう。
そうなれば、正式に俺も次期皇帝の座を争う権力闘争における障害であるとみなされて、彼らの戦いに巻き込まれてしまうかもしれない。
それはごめんだった。
だから俺は然るべき時まで、自分の魔法の実力は秘匿しておくつもりだった。
「さて…今日もモンスター狩りと行きますか…」
改めて今後の方針を頭の中で確認しながら、俺は暗い森の中を進んでいく。
ここは後宮の裏手にある魔の森と呼ばれる場所であり、深くまで潜ればモンスターと容易
に遭遇してしまうような危険な場所である。
とても7歳の子供が一人で立ち入っていいような場所ではないのだが……俺は自分の魔法を鍛え上げるために定期的に後宮を抜け出してはここでモンスター狩りを行っていた。
『ブモォオオオオオオオ!!!』
「オークか」
魔の森の中をしばらく進むと、突如として近くの茂みから二メートルを超える巨体のモンスターが姿を表した。
豚の頭部。
脂肪に包まれた胴体。
太い手足。
例えるなら豚人間と呼ぶべきそのモンスターは、オークという名称で呼ばれていた。
『ブモォオオオオオオオ!!!』
俺を見るや否や、怒り狂ったように突進してくるオーク。
この世界のモンスターはこのように、人間を見ると怒り狂って襲いかかってくるのだ。
「魔弾」
ズバァアアアアアアアン!!!!
俺は静かに魔法を発動した。
魔力の塊を弾丸のように飛ばす魔法……魔弾によって、オークの体のど真ん中に穴が開く。
『ブ…モォオオオ…』
魔弾はオークの分厚い肉体を貫通しただけではなく、背後にある大木の幹に穴を開けた。
致命傷を負ったオークは、しばらくゆらゆらと揺れていたが、やがてドサッと地面に倒れる。
「だいぶ威力が上がったな」
俺はオークを一撃で仕留めた自分の魔法をそう評価した。
最初に魔弾を使えるようになったのが今から三年前。
その時は小枝にぶつけて折る程度の威力しかなかったのだが、今ではオークを一撃で仕留められるほどまでに威力が成長している。
もちろん俺を魔法の練習台にしてきていたダストが放っていた魔弾よりも格段に威力が上だ。
俺が本気でダストに反撃すれば……おそらくダストは死なないまでも大怪我を負うことになるだろう。
「もっともっと強くならなきゃ…自分とそれからソーニャを守るために…」
すでに一般的な7歳児では考えられないほどの魔法の実力を得ていた俺だったが、この程度で満足するつもりはなかった。
厳しい権力闘争を生き残り、自分と母親の身を守るためにはもっと力が必要だと思うからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます