第2話 森の中で

『僕らはみんな生きている~♬ 生きているから歌うんだ~♬

 僕らはみんな生きている~♬ 生きているから悲しいんだ~♬』


少女は木の枝を指揮者のように振って歌っている。

楽しそうな歌声は夜の森に響き渡る。

その少女の後を男が歩いて行く。

軽快に歩く少女とは対称的に、男の衣服は汚れ、左足を引きずっている。

少女は振り返り、後ろ向きに歩きながら男に話しかける。


『私は死んでいても歌えると思うし、悲しい事くらいあると思うのだけど、どうかしら?』


男は困った顔をしていた。


「すまない、まだ頭が混乱しているんだ。

 改めて確認したいが、私は死んで、君が生き返らせてくれたんだよね。」


少女は楽しそうに木の枝を振りながら答える。


『そうよ。』


男はその言葉を聞いて改めて自分の最後を思い出そうとしていた。

霞がかかっている記憶を、順番に、少しずつ頭の中で並べていく。



寝静まった夜、家の戸を叩く者がいる。

隣の村が襲われているからすぐに助けに行く、だから準備をしろとのことだ。

まずは心配する妻を落ち着かせ、寝ている娘を起こさないように寝顔を見る。

急いで準備を整え、そして、妻に最後の言葉をかけた。


「大丈夫、すぐに帰ってくるよ。」


最近は少なくなっていたが野盗の類が村を襲うことは過去にもあった。

当然その備えもあって村には堀や塀、門などの防御設備がある。

何より村々が迅速に連携することが守りの要といえる。

今回も時間を稼ぎ、他の村々の増援を見て野盗は退いて行く、、はずだった。


今回は事情が全く違った。

我々が村に着く前にすでに村は火がつけられていた。

遠くからでも分かるほど明るくて恐る恐る近づき物陰から観察する。

数の多さもさることながら装備が整っていた。

しかも少人数でまとまって行動し、連携している。


私達は周囲を警戒する者に見つかってしまう。

そこからはほとんど思い出せない。

暗い森を必死に走って、走って、振り返らず走って、、。




「そうか、死んでしまったか。」


引きずる左足を冷静に見ていた。

左手で右肩の後ろを触ると大きく切り裂かれた傷を触る事も出来た。

これで痛みが無いんだから生きているという方がおかしい話か。


『僕らはみんな生きている~♬ 生きているから笑うんだ~♬

 僕らはみんな生きている~♬ 生きているから嬉しんだ~♬』


死んでいる私を見て憐れむでもなく、悲しむでもない。

傷を見て恐れもしないし、、いや、感情を隠しているのかもしれない。

分からない事をあれこれ考えても仕方のない事か。

変わらず少女は後ろ向きで歩き、木の枝を適当に振り、楽しそうに歌っている。

その歌は決してうまくはない。

でも屈託のない笑顔で楽しそうに歌われると、なぜかこっちまで楽しくなってくる。

いつのまにか歌に合わせて口ずさんでいた。


「さっきの質問の答えだけど、死んでいても歌えるし、笑えるみたいだよ。」


男は初めて笑顔を見せた。

その答えは少女を喜ばせるには十分だった。


『よかった~。

 何で生き返らせたんだって怒られるかと思って、ひやひやしてたの。』


少女は大袈裟に安心した演技をしてから、いつも通りの笑顔に戻った。

男は何かを考えると質問をした。


「生き返らせてくれたことは感謝しているよ。

 でも、なぜ自分を、自分だけを生き返らせたのか聞いてもいいかい?」


少女は簡素に『ええ』と答えると後ろ歩きをやめ、前を向いて歩き始めた。

しばらく少し欠けた月を眺めながら考えているようだった。


『誰でも生き返るわけじゃなくて、何か心残りがある人しか無理みたいなの。

 そういう人は優しく光って見えて、、特に貴方は強く光って見えたのよ。

 沢山の人を生き返らせることも、やったことはないけど、たぶん出来る。

 でも、誰が何をするか分からないから、一人ずつにしているの。』


少女の顔は見えないが何故か悲しい顔をしているように思えた。

何となく罪悪感を感じてしまって、もっと聞きたいことはあったがやめる事にした。

死んでいる自分が聞くことではない。

名前も生い立ちも境遇も、生きている者に話すべきだろう。


「心残りがあったから生き返れた、か。

 それなら目的を果たしこの世に未練が無くなれば、また死を迎える。

 そう考えていいのかな?」


振り返らず少女は答える。


『みんな光が弱くなって動かなくなるから、そうだと思うわ。

 ごめんなさい、あなたを二度も死なせてしまうんだから。』


一度死ぬのも二度死ぬのも同じだ。

そう、頭では分かっている、どうせ死んでいるのだと。

しかし動く手足が、この鮮明な意識が途絶える事が少し怖くなってしまう。

でも、、弱々しい娘を前に口から出る言葉は違っていた。


「君には本当に感謝しているんだよ。

 最後に妻と娘に会える機会を与えてくれたのだから。」


その言葉を聞いて少女は嬉しそうに振り返った。

片足を引きずる私の顔を覗き込み、微笑んでいる。

言葉をそのまま受け取り喜んでいるのか。

虚勢と知りつつも意を汲み取り喜んだ振りをしているのか。

おおよそ私には判断など付くはずもなかった。


『あ!村の灯りが見えて来たわ。

 夜が明ける前にたどり着いてよかったわね。』


自分が強く願った思いが叶うときが来たようだ。

そして本当にこの世との別れの時だ。

少し芽生えた死への恐怖は、喜びにかき消されている。

歩を早め、子供の頃に使っていた抜け道を使い家の前に着くことができた。


「ここからは一人で行かせてほしいのだが、いいかい?」


家の門の前で男は少女に話しかける。

少女は怒ったふりをしながら笑って返す。


『家族の再会に水を差すほど野暮じゃないわよ。』


門を開けようとして男の手は止まった。

片足を引きずり、汚れた衣服を見る。

いったい何をどう説明すればいいのか。

正直に話したって理解すらされないだろう。


『どうしたの?』


死んでいる自分を見て妻は恐怖するのではないか。

妻と娘を残し、勝手に死んでいく自分を責めるのではないか。

自分の死という結果は何も変わらない。

それなら会わない方がいいのではないだろうか?


男の動かない姿を見て少女は背中に手を当てて話しかける。


『あなたは言っていたでしょ、死んでても笑えるんだって。

 どんな結果でも、せめて笑っていて欲しいの、最後の時は。』


心配されてしまった。

それはそうか、傷だらけの男が鬼気迫る顔をしていればな。

そんなんじゃ上手くいくものも上手くいかない。

結果に気を病むより、最後くらい望みが叶う夢を見るか。


「少し待っていてくれ、話してくるから。」


男は振り返り少女の頭を撫でると歩き出した。

家の扉をノックして、声を掛けると女性が出てきて涙を流していた。

そして家の中に入り、しばらくの時を置いて男は家をでてきた。


『もういいの?』


「ああ、家の中で事切れるんじゃ迷惑だからな。」


『うまくいって良かったわね。』


「礼を言っても言い切れないよ。」


『うん。それなら私はもう行くわ。』


「この手紙を受け取ってくれないか。

 もし生き返ったら君の役に立つ人が眠る場所だ。」


『わかったわ、近くに行ったら探してみるね。』


「よかった、君が救われる日が来ることを願っているよ。

 ・・・ああ、夜通し歩いたから眠くなってきたよ。」


『ええ、おやすみなさい。』


「ああ、おやすみ。」

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