流浪の死霊術師(ネクロマンサー)

八島 久美

第1話 村のはずれで

『その人、生き返らせてあげようか?』


突然のその声に、僕は驚き振り返りました。

夜空に光ってる月を背に、女の子が少しだけ首をかしげて立ってたんです。

逆光のせいで細かい表情は分からなかったけど、笑顔だったと思います。

いつもの僕ならきっと怖くて声をあげていました。

でも、僕の心はおかしくなっていたと思います。


「僕の母さんを生き返らせて!」


自分でも驚くほど大きな声が出ていたと思います。

僕の言葉を聞いて、少し頷いたように見えました。

近づいてくる女の子が怖くて、僕は目をそらして道をゆずりました。

倒れている母さんに真っすぐ向かうと両膝を地面に付き、手をかざしました。

何かを言っていたと思います。

母さんがゆっくり目を開けると、半身を起こし僕を見つけて、大きな声で言いました。


「ナナイ!生きていたのね!」


僕は嬉しくて、抱きついて・・・何を言ったのかはよく覚えていません。

母さんは僕の頭を優しくなでてくれました。

いつかの眠れない夜の事を思い出していました。

でも、

僕の頭をなでる手も、体も、びっくりするくらい冷たくて。

嬉しいのに、嬉しいのに、悲しくて怖くて、しばらく顔を上げる事が出来ませんでした。


「あなたが私を生き返らせてくれたの?」


しばらくして母さんが話しかけました。

何も言わず僕たちを微笑みながら見ている女の子に向かって。

僕はその言葉を聞いて我に返って、何だか恥ずかしくて、起き上がりました。


『そうよ。

 わたしは貴方の許しも得ずに、勝手に生き返らせてしまったわ。』


母さんは白く冷たい自分の体を注意深く見ていました。

お腹に空いた大きな傷口は乾いたまま開いています。

足に力が入らないのか立とうとしても、立ち上がる事が出来ないようでした。

しばらくして、母さんは僕に話しかけました。


「ナナイ、あなたは困っている人、弱い人を助ける強い子になりなさい。

 本当は隣で支えてあげたいけど、母さんも父さんも遠くから見守る事しかできないわ。

 私達の分まで長生きして、幸せになってね。」


そう言い終えると母さんは疲れたのか今にも眠りそうでした。

僕はなんだか悲しくて、抱きついて、明日から強い子になるって約束しました。

母さんは笑いながら、「約束だからね」というと頭をなでてくれて・・・。

気が付くと朝で、そこには冷たくなっていた母さんがいました。

女の子を探したのですがどこにも居なくて、それが全部夢だと気が付いたのです。




狭い部屋で椅子に座ったナナイが話し終える。

眼鏡をかけ聖職者の衣服に身を包んだ大柄の司祭が手記に書き込む手を止めた。

何も言わずナナイの眼を覗き込む。

まるで心の奥を探っているかのように。

静寂が続き、その空気に耐えられなかったナナイは話し始める。


「僕は夢だと気が付かなくて、母さんが生き返ったのが現実だと思っていました。

 だから皆に生き返ったなんて間違いを言ってしまったんです。

 ましてや死者を冒涜したわけじゃないんです。」


必死の訴えにも司祭は微動だにしなかった。

ナナイの荒い息遣いだけが狭い部屋に響いていた。


 「名は?」


ナナイは男が声を発したことに驚き、そしてその小さな声を聞き取る事ができなかった。


「すいません、、聞こえなくて。何とおっしゃいましたか?」


また、しばらくの間をおいて言葉を返す。


「少女の名は?」


その言葉にナナイは困惑した。

夢だと説明して、村人も夢だと納得してくれている。

大事な人が亡くなった時は夢に出てくるものだと皆笑っていた。

ましてや子供が言うことを真に受ける人など誰もいないはずだった。

この人を除いて。


「・・・夢の中の話ですけど、、名前は名乗りませんでした。」


眼鏡越しにこの男は真っすぐ視線を合わせてくる。

後ろめたくてナナイは視線を外した。

一度外した視線をいつ合わせたらいいのか考えていると、


「そんな不用意な事をする娘ではないか。」


男は小さな声でつぶやいた。

何を知っているんですか?と聞き返そうと喉まで言葉が出たが踏みとどまる。

それを言えば本当は夢だと思っていない事がばれてしまう。

それは生き返らせてくれた少女にも迷惑になるだろう。


ふと、眼の前の男を見ると冷静にナナイの表情を観察している。

動揺を誘い、真意を見抜くための揺さぶりだったのか。

どんな表情をすればいいのか迷い、下を向いているしかなかった。

大柄の司祭は手記を閉じる。


「話を聞きに別の者が来たら、同じ事を話しなさい。

 それと、、何か思い出したことは無いか?」


その異様な空気にナナイは恐怖していた。

裁かれる罪人はこんな気持ちなんだろう。

司祭はもっと穏やかで優しく話しかけるとばかり思っていた。

村にはいつもニコニコしている司祭がいて僕とも仲が良かったから。


「何もありません!」


恐れているからか、やましい気持ちがあるからなのか大きな声で返事をする。

どうすれば怪しまれないか、そんな事ばかり考えてしまう。

こんな時に限って、いつもはどんな声で、どんな表情なのか思い出せない。

きっと僕の嘘は見破られている。


男は何かを思い出したのか口元を緩め明らかな作り笑いをすると、


「急ぎの用があるので、今日は失礼するよ。」


急に優しい口調で話し、男は立ち上がると深々と頭を下げた。

ナナイは慌てて立ち上がると頭を深く深く下げる。

男はてきぱきと荷物をまとめると、僕には目もくれず部屋を出ていった。

極度の緊張から解放されてナナイは椅子に腰かけると大きく息を吐いた。




ナナイは母親の墓の前に行って今日の事を報告する。

どこかの偉い司祭様が来て少女の事を聞いてきたこと。

そして、約束は守ったこと。


「母さんは昔から友達は大切にしなさいってうるさかったなぁ。」




「貴方には本当に感謝しているわ、最後にナナイに会わせてくれて。

 そうだ、ナナイの友達になってくれない?」


母さんは少女に向かって話しかける。

少女は少し考えてから返事をした。


『明るくなる前に、私はこの村を出るつもりなの。

 それでもいいかしら?』


母さんは嬉しそうな顔をする。


「ええ、構わないわ。」

 

『でも、友達って何をすればいいのかしら?』


母さんもきょとんとした顔をしながら首をかしげている。

そして僕の顔を見て笑いながら話しかけた。


「ナナイ、何をするのが友達なのか教えてくれる?」


突然の質問にどう答えていいのかわからなかった。

ましてや、今日初めて会って、しかも人を生き返らせる少女と友達になる。

なぜそんな事を母さんは言ったのだろう。


「たくさんの・・・話をするのが、、友達なのかな?・・・」


意地悪な質問に困っている僕を母さんはクスクスと笑って見ていた。

少女も釣られてかクスクスと笑っている。


『それならもう夜が更けているから、また今度お話ししましょう。

 そうね、、今日のような満月の夜にこの場所で会いましょう。

 何回目の満月になるのか分からないけど必ず来るわ、ナナイ。』


目を閉じ軽く会釈をすると背中を見せて歩いて行く。

僕は何か、何か言わなくちゃって思って、でも何も言葉が出なくて、、


「また! また会おう・・・そうだ、名前を教えてもらってもいい?」


少女は立ち止まり、月を見上げる。

しばらくして両手を広げながらゆっくりと、舞っているかのように振り返る。

月を背にニコニコと笑う少女は、この世の者とは思えないほど美しかった。

そして大きな声で言った。


『私の名前はミフル。

 ナナイの友達よ。』

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