バドミントン・ウォー 〜壊滅的ヘタクソ男子VS運動部

炭酸おん

バドミントン・ウォー

 あぁ。どうしてだろう。どうして俺には、人が当たり前に出来ることが出来ないのだろう。

 俺は自らの才能の無さを呪った。才能があれば、この局面をどうにかできたかもしれないのに。

 ……いや、才能うんぬんの話ではないな。俺のこの壊滅的な下手さは、最早才能が無いの一言では片付けられそうに無かった。

 相手がサーブの構えを取る。ここを外せば、俺達の負けだ。

 俺のペアの為にも、俺は負けたくなかった。だが、俺は無力だ。

 でも、それでも足掻くことが許されるなら、俺は―――最後まで全力で戦う!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 遡る事三週間前。俺達のクラスの体育の授業で新しい種目が始まった。


「それじゃあ、今回からはバドミントンをやるぞ!」


 呆れるほど熱血な体育教師が叫ぶと同時に、それに呼応するようにクラスのカースト上位の奴らが叫びだした。まあ、こいつらは基本的に何があっても叫んでいるのだが。

 だがしかし、バドミントンか。俺はやったことが無いから分からないが、他の種目よりかは大人しめなイメージがある。

 それでも、俺からしてみれば、互いに全力でシャトルを打ち返すだけの蛮族の遊戯。所詮スマッシュ打った者勝ちのゲームの印象が強い。しかも高校生ともなれば、乱暴にスマッシュを連打しようとする者が現れ、余計に蛮族になるに決まっている。

 また俺は蛮族どもに巻き込まれないといけないのか。そう思うと心底がっかりした。

 だが、授業でやることになってしまったのは仕方がない。適当にやり過ごして難を逃れよう。


「あーそうだ、バドミントンの最後の授業でダブルスの試合をしてもらうから、全力で練習しろよ~? あと、チーム分けも今から発表するから、基本的にそのペアで練習すること!」


 おのれ体育教師め。余計な事を言いやがって……!

 俺一人ならいくらでもサボりようはある。だが他人も関わってくるとなると、正直そういう訳にもいかない。


「それじゃあ次のペアは……、谷田と一ノ瀬! ラケットとシャトル取りに来い!」


 体育教師が俺のペアとして指名したのは一ノ瀬だった。

 ああ、終わった。

 彼はクラスの中心人物であり、こういう勝負事には人一倍熱くなる習性がある。そんな彼と組んでしまったら、頑張るしかないじゃないか。

 それに、俺も一ノ瀬にはいくつか恩がある。その恩返しをしたいというのも、正直あった。


「お、谷田か! 絶対勝つぞ! よろしくな!」


 一ノ瀬は軽快な笑顔で俺に握手を求める。仕方ないので、俺もそれに応じる。


「谷田は何だかんだ言ってこういう事に強いからなー。期待してるぞ!」


 やめてくれ。俺にそんな期待の目を向けないでくれ。確かに何故か毎回ドッジボールでは最後の方まで残ってるけど、それは隅の方で適当にやり過ごしてるからなんだ。

 そんなこんなで、俺はバドミントンから逃げられなくなってしまったのだ……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「よし、それじゃあ練習開始! まずは二人でサーブしてみろ!」


 体育教師の一言で、皆が一斉にサーブの練習をしだした。この段階ではまだ蛮族じゃないな。うん大丈夫だ。


「よし! 谷田、行くぞ!」

「いつでもどーぞ!」


 一ノ瀬も俺に一声かけて、サーブを打ち出す。

 よし、これを優しく打って一ノ瀬に返せば———


 スカッ


「あれ……?」


 ラケットを振ったが、当たった感覚が無かった。どうやら空ぶってしまったらしい。


「まあ初めてだし、そんな事もあるだろ。気にすんな! さ、次は谷田から来てくれ!」


 だがまあ、一ノ瀬はこういうミスで怒るような奴ではなくて。だから俺も、曲がりなりにもちゃんとやろうと思ったんだ。

 一ノ瀬に向けて、サーブを打つ———


 スカッ


「…………?」


 あれ? おかしいな。確かにラケットを振ったはずなのに。また空ぶってしまったみたいだ。


「ま、まあそんな事もあるだろ! もう一回やってみな!」


 一ノ瀬がフォローしてくれるが、俺は嫌な予感を感じ取っていた。


「よし……、行くぞ!」


 そして俺はもう一度ラケットを振ってサーブを———


 スカッ


「…………」

「……いや、多分運が悪かっただけだ。もう一回やってみろ!」


 スカッ

 スカッ

 スカッ

 スカッ


 ……何度打とうとしても、俺のラケットがシャトルに当たることは一度も無かった。

 絶望的に当たらない! 恐ろしい程に! 全く!

 打たれたシャトルを打ち返せないのはまだ分かる。だが、そもそもサーブができないなんて事が起こりうるのか?


「…………」


 ほら、これには流石の一ノ瀬も何も言えずに固まってる。

 その後ペアで何回ラリーを続けられるかというミニゲームを行ったが、俺達は残念ながら一回も続かなかった。まあ正確には、俺が落としたところからサーブができなくてそもそも始まらなかったのだが。


「オォ……、まあ、そういう事もあるよな。頑張ればきっとできるようになるさ」


 熱血漢の体育教師でさえ、俺のあまりの出来の悪さに絶望しているようだった。口では応援しているが、その顔を見れば絶望していることはすぐに分かる。

 挙句の果てには、クラス全員の笑いものにされてしまった。


「……谷田、練習しようか」


 体育の授業が終わった後に、一ノ瀬が今までにない程暗い顔をして俺にそう言った。

 あ、これ終わったな。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 放課後、俺は一ノ瀬に呼ばれて体育館まで来ていた。俺も一ノ瀬も残念ながら部活が休みだったので、逃げられそうになかった。


「谷田、まずはサーブを打てるように練習しよう。少しやってみてくれ」


 一ノ瀬はそう言いながら、俺にラケットを手渡してくる。

 左手でシャトルを掴み、ラケットの上に落とす。そして、ラケットを振ってシャトルに当———


 スカッ


 当たるハズも無く。最早予定調和とでも言うように、ラケットは空を切った。


「……谷田」


 それを見た一ノ瀬が難しい表情をしながら言った。

 あ、やばい。流石の一ノ瀬もキレたか? 俺はそう思い、体を震わせる。そして一ノ瀬は俺に近づいて俺の腕を握り……


「ラケットを大きく振りすぎなんじゃないか? 手首を振るくらいで良いんだ。腕で打つんじゃなくて、手首で打つイメージで。ほら、やってみな!」


 そう滅茶苦茶丁寧に教えてくれた。

 あぁ、やっぱ一ノ瀬、すごく良いヤツだ。クラスの中心人物になるのも納得だ。

 一ノ瀬から聞いたアドバイスを元に、俺はもう一度シャトルを打とうとする。


「———当たった!」


 ついに当たった! のだが、そのシャトルは大きく左に逸れて飛んでいった。しかも、全然距離も出ていない。


「狙いは全然だけど、当たっただけ良い進歩じゃないか! すごいぞ!」


 だが、その様子を見た一ノ瀬は俺を快く褒めてくれた。一ノ瀬から見ればサーブを打つどころかシャトルを当てるなんて朝飯前だろうに。なんて良いヤツなのだろう。


「よし、その調子で練習だ! 頑張るぞ!」


 そしてその日は時間ギリギリまで、一ノ瀬と共にラケットを当てる練習を繰り返した。出来の悪い俺を見限らずに、一ノ瀬はずっと隣で手本を見せてくれていた。

 下校の時間が訪れた。必死で練習したせいか、俺はかなりの量の汗をかいていた。体育の授業にここまで熱くなれたのは初めてかもしれない。


「お疲れ谷田! この調子で頑張っていこうな!」

「……ああ。一ノ瀬、ありがとう!」


 それからも、一ノ瀬は俺に丁寧に技術を教えてくれた。週二回の体育の授業は勿論、唯一互いの部活の休みが被っている木曜日は放課後まで残って練習した。

 そのおかげで、何とかサーブは打てるようになっていた。だが、相手のシャトルを打ち返すのはもう少し練習が必要そうだ。

 そしてついに、クラス内大会の日がやって来た……!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 バドミントンの授業の最終回、クラス内ダブルスマッチが始まった。

 ルールは簡単。男女で分かれて二人組のペアを作り、勝ち上がり方式で試合を行っていく。制限時間は七分で、その間に多くの得点を取った方の勝ちだ。

 俺も一ノ瀬の足を引っ張らないように頑張ろうと思ったが、何ということだろう。一ノ瀬はその圧倒的な実力で次々と相手を倒していった。俺に合わせて本当に基本的な練習しかしていなかったはずなのに、この実力。やはり彼は天才だ。

 そんなこんなで、俺達はあっさりと最終戦まで勝ち上がったのだった。

 そして、俺達が戦うことになるもう一組もその姿を現す……。

 ———あ。


「やっぱり残ったのはお前らだったか。松井に、田所!」


 姿を現したのは、やはりこのペア。最強と謳われる、松井・田所ペアだ。

 松井はバドミントン部所属の猛者であり、一年生ながらに夏の大会では上級生たちを次々と倒していった戦績を持っている。

 一方の田所は中二病を拗らせた奇人だが、テニス部のエースでありその実力は高い。比較的競技形態が似ていたためか、今回のバドミントンの授業でも中々に活躍していた。


「一ノ瀬。谷田というお荷物を背負いながらここまで残れたのは本当に凄いと思うよ。でも、俺達二人には勝てない」

「その通りだ! 貴様らはここで我らに敗北し、ルーザーとなるのだ!」


 松井と田所が俺達に宣戦布告をする。お荷物と言われてしまったが、実際そうなので反論しようが無い。

 だが、一ノ瀬は違った。


「……谷田はここまで必死に練習してきた。実力ではお前たちに及ばないかもしれないが、彼は決してお荷物ではない。自分にできる事を精一杯やってくれている。彼を侮辱するな」


 一ノ瀬……! 俺は彼の姿にすごく感動した。多分、今ほど彼を頼もしく思ったことは無いだろう。


「谷田、行くぞ。アイツら見返してやろうぜ!」

「……ああ! 勝とう!」


 一ノ瀬の呼びかけに全力で応え、俺達はコートの中に入る。

 クラスメイト全員が俺達の方を見る中、ついに最終戦が幕を開けた。

 まずは俺のサーブからだった。ここまで一ノ瀬に教わった事を思い出しながら、シャトルを相手側に飛ばす。

 シャトルは無事に当たって相手のコートへと飛んでいった。だが、その軌道はやや右側に逸れていた。

 これで良い。これも一ノ瀬と話し合った末に俺が出した答えだった。

 正直言って、まだサーブの方向をコントロールするのは俺には難しい。だから、俺もどの方向にシャトルが飛んでいくかは分からない。

 だが、それがかえって予測困難な軌道を生み、相手を混乱させる要因になるという。実際、今回の俺のサーブの軌道を見て、二人とも狐につままれたような顔をしていた。


「そんな方向に飛ばすかよ!」


 松井は予想外のサーブに焦りながらも、しっかりとシャトルを打ち返していた。流石はバドミントン部と言ったところか。

 しかし、咄嗟の事だったためか打ち返されたシャトルはやや不安定だった。


「隙あり!」


 その隙を見逃さずに、一ノ瀬が飛び上がってスマッシュを決める。二人とも反応できずに、俺達が先制点を取る結果となった。


「谷田、ナイス!」

「一ノ瀬こそ、良いスマッシュだったぞ!」


 俺達はまずは一点得たことを喜び、互いに肘でタッチした。


「クッソ……、一点取ったくらいで舞い上がりやがってルーザー共が!」

「落ち着け田所。さっきの谷田のサーブはいわば諸刃の剣だ。アイツ自身もどこに飛んでいくか分かっていないようだから、最悪自滅する可能性もある。そう多用できる物じゃないハズだ。さっきは偶然上手く決まっただけ。切り替えていこう」


 田所こそ感情的になっていたが、松井はあくまでも冷静だった。そして、先程の戦略の弱点さえも見破られてしまった。

 あまり時間が無い。一ノ瀬はすぐに次のサーブを開始した。

 松井も田所も一ノ瀬の事は警戒しているのだろう。素早くそのサーブに対応し、シャトルを打ち返した。

 一ノ瀬も問題なくそのシャトルを打ち返したが、松井の目が怪しく光る。


「さっきのお返しだ! 喰らえ!」


 そう言いながら、強くラケットを振った。シャトルはラケットの真ん中に直撃し、勢いよく俺達のコートの中に振って来た。

 流石の一ノ瀬もこれには反応できず、相手に一点を許してしまった。


「一ノ瀬、反応できなくてすまない!」

「大丈夫だ。お前は自分にできる事だけを考えろ」


 その後、一ノ瀬は何とか一点を取り返したが、相手もそれを許すまいと得点を入れ返してきた。

 得点は2対2。時間的に次が最後の打ち合いになるだろう。

 だが、一ノ瀬はここまでの連戦でかなり消耗してしまっている。相手はまだまだ動けそうだ。

 クソッ。俺が弱いばかりに、一ノ瀬に負担をかけてしまった。俺のせいで一ノ瀬が負けるなんてことは、絶対にあってはならない。

 俺が何とかするしかない!


「さあ構えろ! 最後の勝負だ!」


 田所がそう叫び、サーブを開始する。

 やや大きめのサーブだ。一ノ瀬は後ろに下がり、同じように大きなショットでお返しした。


「今だ! やれェ、松井!」

「言われずとも!」


 だがしかし、これを読んでいたのか松井はコートの前方に出てきていた。そして大きく飛んできたシャトルを見据えて飛び上がり、上空から角度をつけて強烈なスマッシュを繰り出した。

 まずい。この距離だと一ノ瀬は間に合わない。

 ———俺が何とかするしかない。


「届けェェェェェェェ!」


 俺は必死の思いでラケットを持った手を前に伸ばす。そして全力で手首を振った。


「———当たった!」


 奇跡が起きた。俺はスマッシュを打ち返すことに成功していた。相変わらず方向は滅茶苦茶だったが、これまた奇跡的にコートの中に収まっていた。


「はぁ!? 相変わらず滅茶苦茶な奴め!」


 俺に打ち返されることを全く予想していなかったのか、松井は驚愕した表情でシャトルを追って走り出す。

 だが、ついにそのラケットがシャトルに届くことは無く、シャトルは相手のコートの地面に着いた。


「試合終了! 3対2で、一ノ瀬・谷田ペアの勝利! よって優勝は、一ノ瀬・谷田ペア!」


 体育教師の宣言で、体育館の中が一気に湧いた。誰もが松井・田所ペアが勝つと思っていただろう。だが、予想外の番狂わせに皆驚いているようだった。


「……負けたよ。さっきの発言、撤回させてくれ。谷田はお荷物なんかじゃない。まだまだ実力不足だが、悪くない素質を持っている。なぁ谷田、バドミントン部に来ないか? 俺達が全力でお前を鍛えるからさ」


 田所は拗ねて地団太を踏んでいたが、松井は俺達の勝利を認めたようで、驚いたことに俺を勧誘してきた。

 だが、俺の答えは既に決まっている。


「……悪いけど、俺は良いかな」

「どうしてだよ? お前、結構センスあると思うんだけど」


 俺がスカウトを断ると、松井は必死な様子で説得を続けてきた。どうやらかなり本気の様だ。でも、俺には入れない理由がある。


「———俺は一ノ瀬に勝たせてもらっただけだから。あと、運動嫌いだから!」


 俺が言い放ったあまりに単純な理由に、クラス全員が爆笑していた。

 運動は嫌いだけど、バドミントンは案外悪くないかもしれないな……。

 俺はそう思いながら、一ノ瀬と勝利の握手を交わした。










 という所で、俺は夢から覚めた。


「何だ……、夢だったのかよ」


 カレンダーを見ると、今日はクラス内マッチの当日だった。

 あーあ、あの夢が本当の事だったら良かったのに。

 俺はそう思いながら、学校へと向かった。

 そして驚くべきことに、その夢が正夢になったのである。松井・田所ペアに勝利し、一ノ瀬と喜び合っていた。

 さらに夢と同じく、松井からバドミントン部へのスカウトまで来た。ここまで来たら、もうやるしか無いよな?

 俺はそう思い、夢の中で言ったアンサーを彼に伝える。


「———俺は一ノ瀬に勝たせてもらっただけだから。あと、運動嫌いだから!」


 しーん。


 ……あれ、おかしいな。夢ならここで爆笑が起きてたのに。


「あー、うん。そっか。お前運動嫌いだもんな。無理に誘ってごめん」


 そう言って、松井は冷めた様子で俺の元を去っていった。そしてその何とも言えない空気のまま、バドミントンの授業は終わりを迎えた。

 —————どうしてこうなるんだよ!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

谷田や一ノ瀬が活躍する過去の蛮族シリーズはこちらからどうぞ!

https://kakuyomu.jp/users/onn38315/collections/16817330665664130136

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