三田さんと中井君のクリスマス

ろくろわ

三田さんと中井君

「部長。それハラスメントですよ」と言う私の声が届く訳も無く、急遽開かれた職員満足向上会議と命名された会議は「それでは準備から当日の司会まで、三田みた君と中井なかい君の二人に決定と言う事で」と言う部長の一言で、呆気なく私達がクリスマス会の幹事に任命され、閉会となった。

 十二月も中頃、忙しい時期に業務を止め、このような会議を行うこの会社は、存外ホワイト企業と呼ばれるものなのかもしれない。

 しかし、よりにもよってクリスマス会の幹事かと私は役員の去った会議室を片付けながら一人呟いた。そんな私の声が聞こえたのか、同じ幹事に任命された後輩の中井君が片付けを手伝いながら話しかけてきた。


「お疲れ様です。さっきの会議、結果は最初から決まってましたよね」

「そうだよなぁ。部長の『三田みた君てっても読めるよな。そしたらサンタは三田さんた君で、もう一人トナカイ役は。そうだ、中井君にしよう!三田サンタ中井ナカイ。サンタとナカイ、サンタ・トナカイのコンビで!』って悪い冗談にも程があるよ」


 中井君は笑いながら、そうですよねーと相槌をうってくれていた。


「しかし中井君も災難だったね。クリスマスだって予定があっただろうに私とペアだなんて。何だったら私一人でも幹事なんて出来るから帰ってもいいからね」

「災難だなんて、そんな事無いですよ!指導係の三田みたさんが幹事をするのに、後輩の私が帰るなんてあり得ませんよ」


 そう言うと中井君は拳を握り締め、私の前へと突き出した。思えば随分と中井君も頼りになるようになったものだ。新卒入社の今年で二年目。指導係として私が指導するのは三年目までの残り一年。ずっと二人で仕事をしてきたからこそ、指示を出さなくても一人でテキパキと手際よく会議室を片付けて行く様子を私はじっと眺め、成長を間近に感じていた。


「何ですか?三田みたさん。私の事ずっと見て」

「あっ、いやぁクリスマスまで後少しだけど、準備が間に合うかなぁって。それにクリスマスってあんまり好きじゃないんだよね」

「あぁ~やっぱりそうですよね。三田さん、クリスマス苦手だと思っていました」

「どうしてそう思ったの?」

「去年のクリスマス時期は、あからさまにクリスマスの話題を避けていましたし、今年も触れないようにしているみたいでしたから」


 どうやら私の視線に気付かれていたようだ。しかし誤魔化すためとは言え、咄嗟にクリスマスが好きではないと言う話題を出したのだが、思ったより中井君が食い付いてきた事に私は驚いた。私は話の流れのまま、クリスマスが苦手な理由を中井君に話した。


「私も幼少期はクリスマスが楽しみだったし好きだったよ」

「それがどうして苦手に?」

「中井君、私の名前って知ってる?」

「勿論ですよ!せいなる字を書いて、ひじりさん」

「そうです。そして姓が三田みた、名がひじり。それこそ、今回の会議じゃないけど昔からクリスマス時期になると『三田サンタさん』とか一時期は『セイント三田サンタさん』とか呼ばれてさ」

セイント三田サンタさんはセンスありますね。もしかして今までクリスマス時期は、三田さんた苦労クロ-す?そしてクリスマスへの心を閉ざして三田さんたクローズ?」


 上手い事言ったような顔をして、中井君がフフンと笑っていた。


「中井君、次その事を言ったら幹事は中井君一人でして貰いますよ?」

三田みたさん、それはパワハラですよ」

「マジか。何でもハラスメントだな。まぁそんな感じでずっといじられてきたし、毎回『今年のプレゼントは何ですか?』とか言われるのも面倒になってきたんだよ」

「そうだったんですね。でも、相手の事を考えてプレゼントを選んで、渡した時に喜んでもらえたら凄く嬉しくなりますよ?」

「そんなものかなぁ?中井君、今年のクリスマスは恋人に何をあげるの」

三田みたさん。そう言うところです。それに恋人がいるかどうか聞くなんてセクハラです。あっそうだ!ちょっと待っててください」


 中井君はそう言うと会議室から急いで何処かに向かい走り出した。片付けの済んだ、がらんとした会議室に一人取り残された私は、何でもハラスメントになるんだなぁとぼんやり考えていた。

 それから程なくしてだった。再び会議室の扉が開き、手を後に組んだ中井君が帰ってきたのは。


「お待たせしました三田みたさん!これをどうぞ」


 そう言って差し出された中井君の手には、綺麗にラッピングされた小さな袋があった。


「これは?」

「ちょっと予定が変わりましたが、一足早い私からのクリスマスプレゼントです!」

「えっ?どうして」

「まぁまぁ、いいから早く開けてください」


 中井君に急かされ、私は包みを開けた。袋の中には、これまた小さくラッピングされた万年筆が入っていた。


「これってモンブランの万年筆じゃないか!しかも廃盤になってるやつ。何処でこれを?と言うかこんな高価なもの貰えないよ」


 私は慌てて万年筆を中井君に返そうとした。


「一度上げたプレゼントを返すのは失礼ですよ。それに良いんです!日頃のお礼ですし私がプレゼントしたかったんです。三田みたさん、万年筆が壊れたからって色んな所で探してたでしょ?それに万年筆にもこだわりがあるでしょ?」

「そうだけど流石にこれは。それに、私は中井君に何にも用意できてない」

「だからそんな事は良いんです。それに三田みたさん。私へのプレゼントは一年の猶予を与えます。一年後のクリスマスに私の欲しいものをください」

「そんなこと言ったって、中井君の欲しいものって一年後には変わってるんじゃないのか?」

三田みたさん。そう言うところですよ。私の欲しいものは一年後でも絶対に変わりません。三田みたさんから欲しいのです」


 そう言うと、中井君は唇に指を当てフフッと微笑んだ。


三田みたさん。私の名前って知ってます?」

「勿論知ってるよ。中井なかい真歩まほさんです」

「その通りです。一年後のクリスマスには私を名前で呼んで、私の欲しいものをくれる三田さんたさんを期待してます。それでは私はクリスマス会の幹事の準備がありますので、一足先に部署に戻ってます」


 そう言って少し紅く頬を染めた中井君は会議室から走り去っていってた。クリスマス会の準備と言ったって、私とペアなのだから結局二人じゃないと進められないのだがとも思ったが、綺麗にラッピングされた万年筆と走り去る彼女の後ろ姿を見て、サンタと呼ばれた事が久しぶりに嬉しくなっている気持ちに私は気付かされていた。


 今年のクリスマスには間に合わないかもしれないけど、職場のクリスマス会が終わったらプレゼントのお礼もかねて、中井君を食事に誘ってみよう。外回りの仕事で食べるような食事じゃなくてちゃんとした場所で。

 中井君は何が好きなんだろう?そんな事を考えている内に、中井君のサンタになっていく自分には、私はまだ気付いていなかった。



 了

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三田さんと中井君のクリスマス ろくろわ @sakiyomiroku

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