第5話 死霊魔術師的開拓術
クーゲル男爵領唯一の村、ベルン村の村長ガンサ・ボジーナの朝は早い。
日の出と共に起きると、甕に溜まっている冷たい水で顔を洗い、鍬を持ち家を出る。
ガンサが朝早くから農作業をしていると、段々と他の村民が農作業のために家を出て朝の挨拶をするというのが、ベルン村の日常の光景だった。
しかし、その日は違った。
「そ、村長!」
「どうしたんだ、朝っぱらから」
ガンサがその日も家を出ると、慌てた若者たちと鉢合わせた。
彼らはベルン村の自警団の団員だ。
自警団は、派兵要請を幾度となく無視されたガンサが村を守るべく若者を集めて作った組織だった。
しかし、家の前にいる彼らは、昨夜イェリナ大森林の見張りをガンサが任せた者のはずだが……。
「イ、イェリナ大森林にスケルトンがいるんだ!」
「なにぃ!? スケルトンだと!?」
スケルトンは、骨だけになった人間のような魔物で、魔物の中では最弱の部類に入る。
しかし、スケルトンは一匹見えたら百匹はいると言われるほど群れで現れることが多く、厄介な魔物だった。
「チッ。あの気持ち悪い領主、厄介事まで持ってきやがって! 自警団の数は揃ってんのか? 急いで討伐に――」
「い、いや違うんだ、村長」
「違う?」
首を傾げたガンサに、若者は訳の分からないと言った表情で言った。
「そいつら、斧を持って森の木を伐採してるんだ……」
◇
「ま、マジかよ……」
村から然程遠くないイェリナ大森林の周縁部に赴いたガンサは、己の目を疑った。
「ほ、ほら言ったろ!?」
そこでは、人間の敵であるはずのスケルトンが、まるで労働者のように森を伐採し、一か所に集めていた。
斧を持ったスケルトンが木を切り倒し、違うスケルトンが紐で丸太をまとめている。
およそ二十を超えるスケルトンが役割を分担し黙々と作業を進めていた。
「な、なにが起こってやがる」
混乱するガンサや若者たちを意に介さない様子で、スケルトンたちは労働を続ける。
「おい! お前らはなんなんだ!」
ガンサの質問に、言葉を発せないスケルトンはもちろん答えない。
だが、無視されたことが癇に障ったガンサは、剣でスケルトンに斬りつけた。
「な、なにっ!?」
しかし、スケルトンは無駄のない動きでガンサの剣筋を避けると、ペコリと一礼し、作業に戻った。
その様子はまるで「あなたたちと敵対する意思はない」と伝えている様子ではあったが――
「なんだこいつら、おちょくってんのか!」
少なからず自信のあった剣を見切られ、ガンサの怒りは有頂天に達していた。
「そ、村長、これってあの領主の仕業じゃないんですか?」
「あ!?」
ギロリと睨まれた若者は、視線を逸らしながらも言葉を続ける。
「ほ、ほら。あの領主って【死霊魔術師】って
村人にとって、魔術というのは遠い存在だ。
そのため、死霊魔術と言われても、それがどんな魔術なのかは分からない。
しかし、昨日あの領主がこの村に現れ、今日はこのスケルトンたちだ。
何か関係はあるのかもしれない。
その結論に至ったガンサは、その領主がいるテント向かって走り出した。
◇
「やっぱりアンデッドは最高の労働力だな」
クーゲル男爵領に来て翌日、俺は仮設テントの中にいた。
「スケルトンたちに森を開拓させ、ハインリヒ様はぐうたらとする。確かにご立派なお仕事ですね」
「ちゃんと俺のこと見てる? 屋敷の建築図面描いてるよね?」
嫌味を言いながらエルヴィーラは紅茶を淹れてくれる。
なんだかんだ優秀なメイドだ。
「……しかし、本当に死霊魔術は便利ですね。スケルトンに畑を耕してもらい、森を伐採してもらい、家も建ててもらう。しかも飲食も睡眠も必要ないのですから」
「あぁ。まさか死霊魔術にこんな使い方があったとはな。これはゲームでは再現不可能だったろ」
「げーむ……?」
「おい! あの森のスケルトンはお前の仕業か!?」
唐突に、俺とエルヴィーラしかいなかったテントに大柄な男が入ってきた。
クーゲル男爵領唯一の村、ベルン村の村長ガンサだった。
どういう訳か、彼の表情は怒りに染まっている。
「……貴様。ノックもせずに乱暴な態度で……!」
そして、エルヴィーラの表情も憤怒に染まっていた。
相変わらず、彼女は無礼な態度をとるガンサを嫌っているようだ。
しかし、あくまで村長であり貴族ではないガンサに礼儀を求めるのもどうかと思うし、彼の境遇を聞けば王族や貴族と言った上級階級に恨みを持つのもなんらおかしくない。
そういう訳で、俺はガンサを特別嫌っているわけではなかった。
(それに、原作のガンサも知ってるしな……)
「エルヴィーラ、よせ。ここテントだし。それでなんだって? ガンサよ」
「あの森のスケルトンどもだよ! あいつらお前の仕業なんだろ!? うちの若いヤツらが怯えてるんだ! 今すぐ止めさせろ!」
ガンサはテント越しにイェリナ大森林を指さし、唾を吐きながら叫ぶ。
「あぁ、その件か。それは俺が生み出したスケルトンで、伐採作業をやらせている。お前らに危害を与えることはないと、自警団の面々にも伝えてくれ」
「なっ! なぜお前が自警団の存在を知っている!?」
「そりゃ、俺はここの領主だからな。村のことは全て把握していないとな」
まぁ、原作でも自警団の存在はあったから知ってるんだが、そんなことを一々言う必要もないしな。
「――。……チッ! そうじゃねえ! あのスケルトンのせいで村人がビビってるって言ってんだ! どうせ木を伐採したところでお前の無駄にでかい屋敷にしか使わないんだから、あのスケルトンどもをさっさと消せ!」
「何を言っている? 確かにあの木材は俺の屋敷のためにも使うが、半分以上は村人たちのためだ」
「……なに?」
こいつ何言ってんだとでも言いたげな顔をするガンサだが、それはこっちのセリフだ。
『女神の祝福』では村人たちを放ってたらすぐに反乱を起こされる。
真のハッピーエンドを目指してる俺がそんなことやるわけないだろ。
「村の壊れた柵や、老朽した水車小屋。あとは薪だな。イェリナ大森林の魔物が活発化したことで簡単に森に行けなかったと聞く。だから最近は深刻な薪不足ともな」
「確かに……それは、そうだが……」
「それと、将来的にはお前ら村人たちの家も建て替えるつもりだ。見た目もボロボロだし、隙間風もあるらしいからな。それに、公共の浴場も――」
「あああ! わかったわかったもういい! だがあのスケルトンどもをどうにかしろ! あれが野生なのかお前の気持ち悪い魔術でできたスケルトンなのか分からねえだろ!」
確かに、それは一理ある。
俺のスケルトンは自然発生したそれと見ただけでは違いが分からないからだ。
「確かに、それはそうだな。俺のスケルトンにはそれが分かる何かを一目で分かるようにしておこう。それでいいか?」
「……チッ!」
ガンサは最後まで腹立たしそうな顔をしながらテントから出ていった。
その背を追うように、すっとエルヴィーラが俺の前に立つ。
「……ハインリヒ様。今からでも村長を従順な者に替えておきますか?」
エルヴィーラの手には幼い頃俺が贈った短刀が握られていた。
特に特徴もない無骨なナイフだ。
エルヴィーラの訓練をする際、主人公のお株を奪わないようになるべくなるべく普通のナイフを買ってやったのだが、いまだにそれを使っているらしい。
「いやいい。ガンサは俺たちの前ではあんな感じだが、村人たちからは慕われている。ガンサは敬虔なエイサス教信者だ。だからアンデッドを扱う俺が気に入らないんだろう」
「ですが、ハインリヒ様が彼らのために色々動いてくださっているのに、あの態度は……。ハインリヒ様が報われません」
「ん? いやそんなの気にしてないよ」
これは本音だった。
どうせ、この村はあと二年もすれば弟に――主人公に譲るつもりだ。俺が村人たちに好かれようが嫌われようが関係ない。
……いや、そのタイミングでエルヴィーラも主人公のメイドにしたいから、村人のエルヴィーラに対する好感度だけは上げておいた方がいいか。
「…………」
俺は考えに耽っていた。
だから、気付かなかったのだ。
(なんて心お優しいお方。自分の評価を顧みず、ただひたすらに領民たちに尽くすとは……。やはり、こんな私をも拾ってくださったハインリヒ様は素晴らしいお方。一生かけてお仕えしなければ……)
エルヴィーラがそんなことを考えながら、ナイフに頬ずりしていることなんて。
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