第4話 辺境、クーゲル男爵領
ファリーラ王国南西端に位置するクーゲル男爵領。
大陸屈指の大河に接したその地は肥沃な土地とされ先々代の王が開拓事業を始めたが、失敗している。
大きな問題は、クーゲル男爵領の南西に位置し、三つの国に跨る大森林、イェリナ大森林に生息する大量の魔物だ。
クーゲル男爵領は度々魔物に襲われ、せっかく耕した畑も食い散らされてしまう。
そして、クーゲル男爵領はそのアクセスの悪さも致命的だ。
クーゲル男爵領を口の形として考えてほしいのだが、下辺と左辺を大河、上辺と右辺を山脈に囲まれている。
その結果、商人もろくによりつかず、人を送っても魔物に襲われ、いつしか存在自体がなかったことにされていた領地だ。
そして王都を出て二週間後、俺こと新クーゲル男爵、ハインリヒ・フォン・クーゲルはクーゲル男爵領に到着していた。
「全く、存在が抹消された俺が、王侯貴族に無視されているこの領地の当主になるとは……皮肉なもんだな」
「王都から二週間ですか、ようやくつきましたね」
二週間の間御者を務めたエルヴィーラが全くの無表情で言った。
「あぁ。北と東を山、西と南は川で囲まれ、西南それぞれに別の国と国境を接している陸の孤島……クーゲル男爵領。やっぱり辺境だな」
「あの森が噂のイェリナ大森林ですか。厄介な魔物が多くいるという」
エルヴィーラの視線の先を見ると、地平線に広がる大きな森が見える。
「そうみたいだな。……はぁ、なんだって先々代の王はこんなところを開拓しようと思ったのか……」
「この後はいかがされますか?」
「とりあえず、村長に挨拶をしよう。呼んできてくれるか?」
「御意に」
眼下に広がる村の方へ走っていったエルヴィーラの背中を見送りながら、俺は物思いにふけった。
(ゲームでもそうだったが、こうやって現実となったところを見てもやっぱり田舎だな。開拓のし甲斐もあると言えるが……このクソ領地を発展させないといけないせいでヒロインの好感度稼ぎにも手間取ったんだよな。……あれ、ちょっとイライラしてきた)
「……おにいさん、誰?」
ふと、足元から声が聞こえた。
下を見ると、そこには俺の膝くらいの背丈しかない少女が立っていた。
ボロボロの服に身を包み、くすんだ灰色の髪もぼさぼさだ。
まさにこの時代の村に住んでいる少女らしい出で立ちだった。
「おっと、こんにちは」
俺は膝をついて、少女と視線を合わせた。
「俺はハインリヒ・フォン・クーゲル。今日からここの領主になったんだ。よろしくな」
「りょうしゅ……?」
少女は指を顎に当てて、こてんと首を傾げる。
「あ~……っと、貴族って分かるか? 君たちが住む村を治める人のことなんだが……」
「きぞく?」
少女はうーんうーんと頭を悩ませたかと思えば、はっとした表情で顔を上げた。
その頭上には点灯した電球の幻が見える。
「あ! そんちょうさんがきらいって言ってた人だ!」
「え、なんだそれは……」
すげえ不吉なこと言うじゃん。
「ハインリヒ様、連れて参りました」
「ん、ご苦労」
そのタイミングで、件の村長をエルヴィーラが連れてきた。
村長は三十前後の男性で、粗野な顔つきをしており、少し瘦せている。
「……おい、さっさと村に戻れ」
「なんで?」
村長は俺と視線を合わせる前に、少女に話しかけた。
「こいつはな、死霊魔術とかいう気持ち悪い魔術を使うやつなんだよ」
「っ!」
唐突な俺への暴言に、体が震えそうになる。
「は~い!」
しかし無邪気な少女はニコニコとした表情のまま村へと帰っていった。
「貴様……死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」
開口一番に暴言を吐いた村長に対して、エルヴィーラは額に青筋を浮かべている。
「おーおーさすがは貴族サマのお付き。ちょっと口が滑っただけで殺すのか?」
村長はニヤニヤとした表情でエルヴィーラを見つめていた。
領主の侍女が無実の村人を殺すわけがないと高を括っているのだろう。
事実、仕える侍女が殺人をした、なんて汚名をかぶせるわけにはいかないエルヴィーラは村長を睨むだけでそれ以上のことをできていない。
だが、村長がもう一度煽ればエルヴィーラの何かがぷっつんと切れかねない、一触即発の雰囲気だった。
「はぁ。エルヴィーラ、やめておけ。こんなのは慣れっこだろ?」
「ですが……!」
エルヴィーラの憎悪はひとえに俺への忠誠心から来ている。
それ自体は嬉しいが、その忠誠心は主人公のためにとっておいて欲しいものだ。
「いいんだよ。さて、俺がハインリヒ・フォン・クーゲル。このクーゲル領の領主となった者だ。よろしく頼む」
俺がなるべく柔らかい笑顔をつくり握手を求めると、村長は顔を顰めた。
「……ハッ! お前みたいな気持ち悪い力を使う貴族、それに俺より年下じゃねえか! お前みたいなやつによろしくする義理はねえな!」
ぎりっと歯ぎしりをするエルヴィーラを片手で抑えながら一歩前に出る。
……そういえば、なぜ村長は俺が死霊魔術を使うことを知っているのだろう。
そんな考えが浮かんだが、どうせ俺のことを嫌う貴族が商人かなにかを使って話を広めたのだろう。
本当にこの世界では死霊魔術は嫌われてるな。
「そういう貴方も、村長という年齢には見えないな」
「ッ!」
俺の言葉に、村長は目の色を変えた。
今まではどこかふざけ半分で俺のことをおちょくっていたが、その瞳には憤怒の色が見える。
「それは! お前ら貴族たちがこっちの派兵要請を何度も突っぱねたからだろうが! イェリナ大森林から頻繁に襲ってくる魔物に、俺の両親は殺されたんだ! 分かってんのか!」
どうやら、俺は村長の地雷を踏んでしまったらしい。
いくら俺のことを悪く言う相手でも、いたずらに傷つけていいわけではない。
俺は頭を下げた。
「そうか、それはすまなかった。当事者ではないが、俺の身内の咎だろう。謝罪する」
「な……!」
クーゲル領は俺が男爵になる前までは国王直属の領地だった。
つまり、彼の両親の死の責任は俺の身内にある。
……まぁ、今のファリーラは貴族の力が強いらしいから、本当にそうかは疑わしいが。
「だが、安心して欲しい。これからは俺がこの地を治める領主として、必ず君たちを守って見せる」
「……はん。お前に頼ることなんて今後一切ないさ」
村長は、俯きながら言って去って行った。
「ハインリヒ様……」
罵詈雑言を投げられ頭を下げた俺を心配したのだろう、エルヴィーラが眉を下げて俺の顔を覗き込んできた。
「あぁ、大丈夫だ。もとより歓迎されるとは思っていなかったからな。それより、到着早々で悪いが仕事を始めなければ」
「仕事、ですか?」
「そう、仕事。この村に領主が直々に来たのは俺たちが初めてだからな。もちろん領主の屋敷なんてものはない。だから、まずは俺たちの家を建てるところから始めないとな」
「はぁ、それでしたら道中で大工を雇えばよかったのでは?」
「まぁ、そうなんだが。領地開拓の初めは大体金策に苦労するんだよ。だからなえるべく金は節約したくてな」
これは原作知識からくる言葉だ。
本当に、領地発展には金がかかる。
序盤はなにもできなかったあの頃を思い出す。
「それなら、どうするので?」
エルヴィーラの言葉に、俺はニヤリと笑った。
「決まってるだろ? 死霊魔術だよ」
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