第3話 抹消された第三王子

 クーゲル男爵に任命されてから一時間後。

 俺とエルヴィーラは早々に王都を出ていた。


「分かってはいましたが、仮にも第三王子が王都を出るというのに誰も見送りに来ませんでしたね」


「第三王子とは言っても、俺の存在は王宮ではなかったことになってるからな。まぁ、王族が【死霊魔術師】なんて祝福ギフトを持っているとは、おおっぴらには言えないだろうからな」


 この世界では祝福ギフトを持っている王侯貴族は大抵自分の祝福ギフトを公表する。

 それが敵対勢力に対する抑止力にもなるし、強力な祝福ギフトを持っていると誇示することによって領民も安心することができるからだ。


 そんなわけで、俺という存在は元からなかったことになっていた。

 しかし、色々あって俺を殺すわけにはいかない。

 だからクーゲル男爵なんて称号を作り、辺境で野垂れ死ねと言われている訳だ。

 死ななくても辺境で大人しくしていれば、王宮の貴族たちは満足なんだろう。


「まぁ、馬も馬車も買えた。これでさっさとクーゲル領に行くぞ」


 現在、俺は王都で買った馬車に乗ってクーゲル領へ向かっていた。

 御者に座るのはエルヴィーラだ。


「馬で行くならクーゲル領も割りとすぐ着くんじゃないか?」


「王都からクーゲル領は馬でも大体二週間ほどはかかりますね」


「はぁ~……。さすが辺境の地クーゲル領。遠いなぁ……」


 俺の希望的観測が早々に打ち砕かれ、俺は馬車で横になる。

 魔術だったりがある異世界はまぁまぁ楽しめているが、車のような現代文明の利器がないのはやっぱり中々不便だ。


「クーゲル領に着いたらやることがたくさんあります。それまでハインリヒ様はゆっくろお休み――」


「……? どうした?」


 エルヴィーラの言葉が不自然に途切れ、俺は馬車から顔を出す。


 辺りはすっかり夕暮れで、そろそろ夜になりそうだ。


「前方で商人の馬車が魔物に襲われています」


 エルヴィーラの指さす方を見れば確かに、大量の荷物を積んだ四つの馬車が魔物に襲われていた。


 魔術もあるこの世界には、魔物もいる。

 

 例えば、今馬車を大きい棍棒でぶん殴っている巨大な豚面の魔物はオークで、馬車から商人たちを引きずり降ろそうとしている小柄な醜悪な魔物はゴブリンだ。


「なるほど、それは大変だな。エルヴィーラ、彼らの元へ急ごう」


「助けるおつもりで? 死霊魔術を見せても怯えられるだけだと思いますが」


「だが、民を見捨てるなんてことをがバレたら、俺の評価もだだ下がりだろ? あぁ、エルヴィーラは隠れていいぞ。死霊魔術師に仕えるメイドなんてどんな目で見られるか分からないからな」


「いえ、私はハインリヒ様のメイドですので。主が戦っているのに仕えるものが静観するわけにはいきません」


 正直言えば、将来的に主人公のメイドとなってほしいエルヴィーラの評価をいたずらに下げたくはない。

 しかし、この表情になったエルヴィーラがもう意見を変えないことは八年の付き合いで理解していた。


「……まぁ、そう言うとは思ったよ。よし、行くか」


 ◇


 二匹のオークに囲まれた商人たちの馬車へ急行すると、そこでは護衛の傭兵たちが魔物と戦っていた。


「助けは必要か?」


「ああ! 今は誰の手でも借りたい時だが……あんた、貴族か?」


 傭兵の一人が俺の身なりを見て、そう尋ねた。

 

「その通り、ばっちり祝福ギフトも持っているぞ」


「おお! それはありがたい!」


 祝福ギフトは王侯貴族しか持たない特別な力だ。


 それ自体に強弱はあるものの、平民にとっては大抵の祝福ギフトが強力だ。

 だからこそ、傭兵は俺を救世主のような目で見ているのだ。


「よし、それはでは下がっていろ。……『死霊魔術』」


「な、死霊魔術だって……!?」


 しかし、俺が死霊魔術を唱えると、傭兵の目を丸くする。


 当然だろう。

 エイサス教が普通のこの世界において、死霊魔術を扱う人間などいないのだから。


「まさか、抹消された第三王子……!?」


 俺を馬車から隠れていた商人の一人が俺を見てそう言った。

 ふむ、どうやらこの商人は王宮について詳しいらしい。


 今の俺には全く関係がないが。


「召喚……エルダーリッチ」


 そう唱えると、俺の目の前に妖しい色の魔法陣が現れ、そこからナニカが生えるように現れた。


 骨に皮が引っかかったような見た目に、ボロボロのローブを身に着けている。

 そしてその手には木製の杖。


 生きているだけで罪とでも言わんばかりの圧倒的な邪な雰囲気。

 召喚した直後に魔物たちが全員エルダーリッチに視線を奪われた。


「ひ、ひぃ!? エルダーリッチ!?」


「エ、エルダーリッチとはなんだ!」


 エルダーリッチを見て怯える傭兵に、商人が慌てた様子で尋ねる。


 まぁ、魔物退治の依頼を受けることもある傭兵ならともかく、普通の人間はアンデッドに対する知識なんてあまりないからな。


「宮廷魔術師が使うような魔術を連発する、出会ったら死ぬって言われる伝説級のアンデッドですよ! うわぁ! 俺ら殺されちまう!」


 さっきまで魔物と勇敢に戦っていた傭兵が剣を落とし、腰を抜かしてしまっている。


 そんな傭兵に、俺はなるべく優しい声色で説明した。


「安心してくれ。このエルダーリッチは俺が使役しているんだ」


「エルダーリッチを、使役……?」


「死霊魔術だって、言ったろ? そら、やってしまえ!」


 俺が命令すると、エルダーリッチはゆっくりとした動きで杖の先に大きな火の球をつくる。

 

 火炎系の初級魔術、ファイヤーボールだ。

 しかし、エルダーリッチほどの高位な魔術師が使う初級魔術は、魔術師見習のそれとは比べほどにならないほど強力なものになる。


「ウゥ……!」


 エルダーリッチの奇妙なうめき声と共に発射された火の球は、オーク二匹に直撃した。


「ブ、ブゥワアアアアアア!」


「な……一撃でオークを二匹だと……!?」


「ば、化け物……!」


「いや、しかしまだゴブリンが残って――!」


「ハインリヒ様、終わりました」


 すっと現れたエルヴィーラに、その場にいた者が視線を奪われる。

 彼女が持つ短刀には血が滴っているが、彼女自身に傷は見当たらなかった。


 エルヴィーラの後ろには、喉を掻っ切られ死体となったゴブリンたちが転がっている。


「あぁ、ご苦労、エルヴィーラ。さて、災難だったな。この辺りにはどうやら魔物が多いらしい。どうだろう、よかったら次の町まで護衛をしようか?」


 俺がなるべく人当たりのよさそうな顔でそう提案すると、商人たちは顔を真っ青にして互いに顔を見合わせた。


「い、いえ、結構です……。ありがとうございました……」


 結局、商人たちは震えた声でそう言うとそそくさと馬車に戻っていった。


「……大した礼もせず、逃げるように去りますか。少しの金品くらふんだくって来ましょうか?」


「やめておけ。そんなことのためにしたわけじゃないし、ちょっと大きい商人となれば俺の噂くらい知ってるんだろうさ。ほら、行くぞ」


「……御意に」


 早々に遠くなっていく商人たちの馬車を尻目に、俺たちも馬車に乗り込む。


「お、おーい!」


「ん?」


 馬車に乗り込んだタイミングで声をかけられた。

 顔を出してみると、そこにはさっきの傭兵が立っていた。


「どうした? 忘れ物か?」


「い、いや、礼を言いたくて」


「礼?」


「ああ。……確かに、アンタの死霊魔術には驚かされたが、俺たちが助けてもらったのは事実だ。だから……ありがとうな!」


 傭兵は笑顔で言うと、商人たちの馬車を追いかけていった。


「……礼をいうならお礼の品も欲しかったですね」


「まぁ、そう言うなよ。それに、俺は結構嬉しかったぞ」


「…………それなら、よかったです」


 傭兵や冒険者といった者たちは、貴族のような偏見を持つ者は少ない。

 だから今の彼の言葉は自然に出たものだったのだろうが……。


 その言葉は、少なくとも俺の心を軽くしてくれた。

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