第2話 死霊魔術

 それから、八年がたった。

 つまり俺は18歳になった。


 この日まで、俺は自分磨きに勤しんできた。


 魔術の訓練、領地経営の勉強、そしてエルヴィーラの教育や訓練も行った。


 あれもこれも、前世では見ることが叶わなかった真のハッピーエンドを見るため。

 そのためならば、このくらいの努力は簡単に乗れ切れた。


 そして、この世界で18歳になることは特別な意味を持つ。


 18歳になったものは成人となり、正式に貴族の当主になることができるのだ。


 つまり――


「ハインリヒ・フォン・ファリーラ。本日から貴殿にはクーゲル男爵の地位が与えられ、クーゲル男爵領の領主となる。これからもファリーラ王家のため全てを捧げ、励むように」


 普段は俺とエルヴィーラしかいないこの小屋に、誰か分からないがお偉いさんが訪れていた。

 正直、こんなおっさんはゲームにも出てきていないので知らないんだが。


 だが、こうして俺に爵位を与えてくるような立場の人間なんだから、偉いのは偉いのだろう。知らんけど。


「……ふん。さっさと野垂れ時ぬがいい、この死霊魔術師めが」


 おっさんは最後まで俺をゴミを見るような目で見つつ、そう吐き捨てて出ていった。


 このおっさんの態度が特別悪いという訳ではない。

 この世界の住民にとって、女神に逆らった魔王と同じ魔術を使う死霊魔術師は忌み嫌われているのだ。

 むしろこうやって顔を合わせて会話しているだけマシだろう。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 大切なのは俺がたった今、『クーゲル男爵』になったということだ。


「ハインリヒ様……」


 おっさんに汚い言葉を投げつけられた俺を、エルヴィーラが心配そうな顔で覗き込む。


 八年前会った時から大きく成長して、今は俺よりも背丈が少し大きいほどだ。

 まぁ、俺が見慣れたエルヴィーラはこのくらいの年頃だったから逆に落ち着くんだが。


「大丈夫だ。あんな反応はもう慣れっこだしな」


 この言葉はやせ我慢ではない。

 エルヴィーラ以外の人間に会えば大体嫌そうな顔をされるし、悪口を言われることも日常茶飯事だったからな。


 原作のハインリヒがぐれるのも理解できるというものだ。


 真のハッピーエンドを見るという目標を持つ俺の前には関係なかったが。


「さて、エルヴィーラ、出発するぞ。準備を頼む」


 俺が暗い空気をなんとかしようと努めて明るく話しかけると、エルヴィーラの顔に笑顔が戻った。


「はい。……しかし、はぁ。王子の侍女をしていたと思っていたのに、いつの間にか男爵の侍女ですか。これが都落ちというやつなのですかね……」


「おい」


 このエルヴィーラの軽口も慣れたものだった。

 なんというか、原作の彼女よりも毒は多い気がするが。


「正直言えば、ハインリヒ様が心配です。クーゲル領と言えば、昔王家の方が開拓を失敗しそのまま放置された地方。開拓は困難だと判断された領地の領主だなんて……ハインリヒ様は追放されたようなものです」


 そう。

 原作では主人公が領主となるクーゲル領は、元々ハインリヒが領主となる予定だった。


 しかしクーゲル領の現状を見て絶望したハインリヒが失踪するので、その後釜が主人公に回ったというのが原作の流れだ。


「まぁ、死霊魔術を扱う第三王子だからな。敵は少なくないだろ」


「はぁ……。ハインリヒ様のメイドとなったのが運の尽きという訳ですね」


 エルヴィーラはわざとらしく肩を竦めた。


「言い過ぎだろ」


「冗談です。して、資金はいくらほどもらったのですか?」


「聞いて驚け。なんと0だ」


「……遺書を書かせてください」


 エルヴィーラはよろよろとふらつく。

 まぁ、気持ちは分かる。


 クーゲル領はここ王都から馬車でも二週間ほどかかる辺境だし、そもそもが開拓が無理だと放置された場所だ。

 そんな場所に無一文で行けというのはあまりにも酷な話である。


 しかし――


「待て待て落ち着け。俺たちにはこれがあるだろ?」


 俺は懐から小さな袋を出す。

 そこには綺麗な色をした金貨が数枚入っていた。


 そうだな、現代日本の価値にすれば数十万円分くらいの価値はあるだろう。


「ああ、そういえばそうでしたね」


 それに気付いたエルヴィーラと一緒に、俺たちは二人そろって窓の外を見た。


 窓の外、俺たちが住んでいる小屋の隣には小さな、しかししっかりとした畑があった。


 それ自体に違和感はないのだが、問題はそれを耕している者だ。


 畑には、鍬を持ったスケルトンが五匹立っていた。

 彼らはその鍬で、まるで人間のように畑を耕し、農作業をしている。


「ハインリヒ様の死霊魔術で召喚したスケルトンで畑を耕し作物を収穫する。初めて聞いたときはその意味の分からなさに愕然としましたが、こうしてみるとアンデッドは最高の労働力ですね」


 そう、畑を耕しているのは俺の祝福ギフト、【死霊魔術師】の力で召喚したスケルトンだった。


 10歳で祝福ギフトを授かってから毎日のように訓練した甲斐もあって、畑を耕すという複雑な動きをスケルトンにさせることに成功していたのだ。


「この小屋には誰も寄り付かないからな。こっそり作ってこっそり売ったら想像以上の金になった。これで色々買い込んでからクーゲル領へ行くぞ」


「分かりました。準備には然程時間はかかりませんが……あのスケルトンはどうするのですか?」


「一度還して男爵領に着いたらまたもう一度召喚し直すさ」


「……本当に便利なものですね。見た目の不気味さを除けばですが」


「余計な一言を加えるなよ。……強く反論できないんだから」


 死霊魔術で使役できるアンデッドは、やっぱりその大半が見た目が怖い。

 ゾンビだったりスケルトンだったり、まるでホラー映画のような顔ぶれだ。


 どうせ使役するなら可愛い動物とかが良かったな……。


「しかし、傑作ですね。ハインリヒ様の【死霊魔術師】の祝福ギフトを、呪われた祝福ギフトと言いこんな場所に閉じ込めたのに、知らず知らずのうちにスケルトンが作り出した野菜を食べているのですから」


 エルヴィーラは冷たい表情で侮蔑の混じった声色でそう言った。


 ファリーラ王国はここ近年、凶作が続き食糧不足が続いている。


 そしてそれは王族貴族も例外ではなく、俺が王都で売っていたスケルトン作の農作物を、彼らも買って食べていただろう。

 

「まぁ、アンデッドの作った野菜は無害だって実験もしたし、金も稼げたしいいじゃないか。それより、早く出発しよう」


「なぜそんなにお急ぎなので?」


「早く領地へ行って準備するためだよ」


 俺の急かす言動に首を傾げたエルヴィーラにそう答えた。


 俺の目標は、真のハッピーエンドを見ることだ。


 だから、早く領地へ行って領地改革を行い、主人公である弟がやらなければならないことを減らしたかった。


 何故なら、原作が始まるのは今から二年後。

 それまでにやれることは全てやっておきたいのだ。


「準備……あぁ、いつも言っているハッピーエンドとやらのですか?」


「当たり前だろ。もちろん、お前も幸せにしてやるからな!」


「…………私は今でも十分に幸せなのですが」


「ん? 何か言ったか?」


「何でもないです。さっさと準備しますよ、ハインリヒ様。それとも男爵閣下とお呼びした方が?」


「……どっちでもいいよ」


 ◇


 私、エルヴィーラ・フォン・サラキアはサラキア伯爵家の次女だ。

 次女と言っても、上には一人の姉の他に、二人の兄もいる。


 つまり、私はサラキア伯爵家にとって別にいてもいなくても変わらない存在だった。

 他の貴族家に嫁がせ、サラキア伯爵家との関係を良好にする以外の存在意義なんてない。


 そして私に与えられた祝福ギフトは【短刀術師】。

 聞けば短刀などの暗器を扱うことに長けた祝福ギフトらしいが、そんな祝福ギフトが侮られることは10歳の私でも理解できた。


 サラキア伯爵家次期当主である長兄の祝福ギフトは【氷帝】。氷魔術が得意な祝福ギフトで、【氷神】まではいかないが、貴族家当主として箔をつけるには十分な祝福ギフトだ。


 そんな長兄の存在も、私の価値を落とすことの助けとなっていた。


 祝福ギフトとは、領地を守るための大切な力だ。

 もし隣国や魔物が領地に攻め込んできた際、【短刀術師】なんて祝福ギフトを持つ人間がどうやって領地を守るのか。


 そんな私が13歳になり、早くもこの世界に絶望していた時、私は第三王子の侍女になれと父親から命じられた。


 第三王子と言えば、呪われた祝福ギフトを持った人で、一部では忌み子と呼ばれていた程だ。


 正直、そんな人間の侍女になるなどご免こうむりたかったが、私にそんな発言力があるはずもない。


 私は渋々王都へ行き、王宮から大分離れた場所にぽつんと建てられた小屋の扉をノックした。


 それが、ハインリヒ様との出会いだった。


 ハインリヒ様の祝福ギフトは【死霊魔術師】だとすぐに知った。

 ハインリヒ様が教えてくれたのだ。


 死霊魔術と言えば、神話に登場する魔王が得意としていた魔術だ。

 そんな魔術を使うハインリヒ様には、敬虔な信徒でなくても悪印象を持つだろう。


 エイサス教が普通のこの大陸では、存在するだけで忌み嫌われる存在だ。


 しかし、ハインリヒ様は明るかった。


 自分への悪感情なんて知ったことかと、私より三つも年下なのに毎日死霊魔術の訓練をしていた。


 それだけではなく、領地経営の勉強や歴史の勉強、果ては私にも勉学を教えてくれたり短刀の訓練もしてくれた。


 私はある日、なぜそんなことをしているのかと聞いた。

 きっと、【死霊魔術師】の祝福ギフトを持つハインリヒ様の将来は明るくない。

 このままこの小さな小屋で一生を終える可能性だってある。


 しかし、ハインリヒ様は笑顔でこう答えた。


『ハッピーエンドを見るためだ!』


 ハインリヒ様の言うハッピーエンドというのはよくわからない。


 しかし、その笑顔はつまらない祝福ギフトを授かって人生を絶望視していた私には明るすぎるものだった。


 ハインリヒ様は、私よりも生きづらいはずの祝福ギフトを授かっているのに、前向きで活き活きとしていた。


 だから、私がハインリヒ様のそうした前向きの生き方に惹かれるのも当然だった。


 いつしか私は自分の意志でハインリヒ様に従うようになった。


 きっと、今更彼の侍女をやめろと言われても私は応じないだろう。


 だって、ハインリヒ様に仕えられている今この瞬間こそが、私の人生の絶頂なのだから。

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