第一章 開拓編

第1話 ハピエン厨の決意

 気が付けば俺は赤子になっていた。


 ぶよぶよの腕や胴体、そして自力では立ち上がれない体に最初は戸惑ったものだが、落ち着いて考えてみれば、これが噂の異世界転生なのかと理解できた。


 なにしろ周囲にいるのがこてこてのメイド服に身を包んだメイドさんばかりだったり、部屋を照らすのがライトじゃなくて松明だったり、見れば見るほど中世ヨーロッパ風の世界だったからだ。


 確かに、最初のうちは異世界転生なんて本当にあるのかと驚いたもんだが、こうして記憶を引き継いで赤子になっている時点でそう納得するしかなかった。


 メイドさんがいるってことは結構いい身分の家に生まれたのだろうか。

 この世界には魔術があるのだろうか。

 俺は一体どんな人生を歩むんだろう。


 新しい世界で新しい人生を始めた俺はウキウキだった。


 そんな俺が『女神の祝福』に登場する悪役、ハインリヒに転生したと気付いたのは三歳になった時だった。


 ◇


 そして、俺は十歳になった。


 俺は今、ファリーラ王国王都サラキアにある王宮の隣に建てられた、小さな小屋のような建物で一人寂しく暮らしていた。


 なぜ俺がそんな寂しい生活をしているか説明するには、まずハインリヒがどんなキャラなのかを説明しなければならない。


 ハインリヒ・フォン・ファリーラ。

 ファリーラ王国の第三王子であり主人公の腹違いの兄であるハインリヒが、悪役になったのは彼がさずがった祝福ギフトが問題だった。


 祝福ギフト

 それは『女神の祝福』、そしてこの世界にある特別な力だ。


 ラノベやアニメでよく見る神様に授けられたるスキルみたいなもんを想像すればいい。


 この世界では、王族や貴族に連なる者は、10歳になるとこの祝福ギフトを女神様から授かる。


 そして、これまでの王族や貴族はこの祝福ギフトによって領地を守ってきたという歴史があるので、貴族たちにとってこの祝福ギフトの強さというのはとても大事なのだ。


 そのために、弱い祝福ギフトを持つ者は廃嫡されて追放されてしまうこともあるくらいだ。


(でも、ハインリヒの祝福ギフト自体はどっちかというと強い方なんだよな)


 ハインリヒの授かった祝福ギフトは【死霊魔術師】。

 見てそのまま、アンデッドを召喚し使役することができる力だ。

 決して弱い祝福ギフトではなく、使役魔術はむしろ強い部類に入る。


(まぁ問題は、そのアンデッドなんだけど)


 この世界には神話がある。


 祝福ギフトを授けてくれる女神さまは、昔々悪い魔王と戦ったそうだ。

 そして、その魔王が使っていた魔術というのがその死霊魔術らしい。


 そのため、女神さまを信仰するエイサス教という信仰が一般的なこの世界において、アンデッドというのは魔物の中でも特に忌み嫌われる存在だ。


 だから、【死霊魔術師】なんて祝福ギフトを持っているハインリヒは蛇蝎のように嫌われているのだ。


 そしてそんな祝福ギフトを授かったハインリヒはこんな小屋に幽閉され、いなかった者と扱われ、世界を憎み、主人公と敵対する。


 ハインリヒは、そんなキャラなのだ。


(そんな神話がある以上、死霊魔術を使うやつを変な目で見るのは分かるけど、この時点ではまだ『死霊魔術が使えるだけ』なんだよなぁ。それなのにこんな扱いとは、信心深すぎるというかなんというか……)


 そんな訳で、つい先日祝福ギフトを授かる儀式で【死霊魔術師】の祝福ギフトを授かった俺ことハインリヒは、こんな部屋に閉じ込められているのだ。


 だが、今の俺にとってそんなことはどうでもいい。


 俺の目標。

 それは今度こそ真のハッピーエンドを見ることだ。


 しかし、俺はこのゲームでハッピーエンドを見ることなく死んでしまった。


 ゲームオーバーにならないように真剣に領地発展をすれば、ヒロインは簡単に敵対し殺す羽目になってしまう。

 逆にヒロインの好感度稼ぎに躍起になって領地を疎かにすれば領民の反乱が起きてゲームオーバーだ。


 それに、ラスボスの彼女・・はどうしても救うことができない。

 だって、あれはゲームだから。


「だけど、ここは違う」


 そう、ここはゲームじゃない。現実だ。

 

 なら、俺が全ヒロインを生存させ主人公とくっつけさせつつ、ラスボスのあの子も救えるのでは……。


「だけど、どうやってやるかなぁ……」


 このゲームの主人公は、ファリーラ王国の第四王子。 

 つまり俺の弟だ。


 何回も会ったわけじゃないが、顔も確認したし性格も原作の彼と似ていた。

 正義感のある利発そうな奴だった。


 これから先あいつにはヒロインを全員幸せにしてもらいたいので俺としては仲良くなっていたのだが、【死霊魔術師】の祝福ギフトを授かってからは会うことすら禁止されてしまった。


「どうしたもんかなぁ……」


 ハインリヒは18歳、つまりこの世界でいう成人までこの小屋で過ごす。


 そして18歳になると、王国の南西にある辺境の開拓地に、男爵として領主となるよう――体のいい追放処分にされるのだ。


 しかし、その地は開拓には向いていないとんでもない辺境であり、ハインリヒはそんな領地を捨てて失踪する。


 そして自分に【死霊魔術師】なんていう祝福ギフトを授けた女神とエイサス教に憎しみを持ち、いずれ主人公と敵対する陣営に鞍替えする。


 ちなみに、その領地はそのまま主人公である第四王子が新たな男爵として治めることになる。

 そこからゲーム本編が始まるのだ。


 ――コンコン。


「どうぞ?」


 これからのことを考えていると、不意に扉がノックされる。


 俺が返事をすると、扉がゆっくりと開かれた。


「失礼します……」


 そこから現れたのは、一人の少女。

 

 深い紅の髪に、アメジストのように綺麗な紫色の瞳。

 感情の分かりづらい顔をしているが、人形のように端正な美貌。


 俺は、彼女を知っていた。


 なぜなら『めがしゅく』に登場するヒロインの一人、エルヴィーラだったからだ。

 ……記憶の彼女よりは少し幼く感じたが。


「……私は、サラキア伯爵家の次女、エルヴィーラ・フォン・サラキアです。本日付で、ハインリヒ王子殿下の侍女となるよう仰せつかりました」


 エルヴィーラは、顔を俯いたまま抑揚のない声でそう言った。


(そういえば、エルヴィーラは元々ハインリヒのメイドだったか)


 そう、エルヴィーラは原作ではハインリヒに雑に扱われ、それを心配した主人公に拾われた後、主人公専属メイドとなる。


 エルヴィーラに対する苛烈な態度は、ハインリヒの悪役っぷりをいかんなく発揮している部分の一つだろう。


(ん? そう考えると、俺はここでエルヴィーラを主人公のメイドにするべきでは?)


 俺の望むハッピーエンドは、ヒロインの全員を主人公とくっつけることだ。


 なぜなら、『女神の祝福』にはハーレムエンドがあるし、むしろそのルート以外に全ヒロインが生存するエンドは存在しない。


 だから、エルヴィーラは俺のメイドなんてやらせる暇があったら、今すぐに弟である主人公と出会わせておいて早めに好感度を稼いだ方が……。


(いや、待てよ。そういえばエルヴィーラって大器晩成型だったな……)


 戦闘システムもある『女神の祝福』ではもちろんヒロインも戦う。


 エルヴィーラは【短刀術師】という祝福ギフトを授かっており、短刀といった暗器を使いこなす、他のゲームでいう暗殺者のようなキャラだ。


 そのため、終盤になると高い必殺率を持ってクリティカルで敵を屠りまくる頼もしい存在になるのだが、序盤は低い攻撃力が足を引っ張り使いづらいキャラとなっている。


 『女神の祝福』ではヒロインと一緒に戦闘をすることで好感度を効率よく稼ぐことができるので、レベルが低いうちは弱いエルヴィーラは好感度を稼ぎにくい。


(ってことは、俺がエルヴィーラを強くさせた後に主人公のメイドにした方が効率がいいのでは!?)


 まさに天啓が下りたような気分だった。


 『女神の祝福』は何度でもいうが、全ヒロインを生存させることが難しい。

 

 なら、俺が主人公のために色々と手を打っておけばいいのではないだろうか?


 例えば、序盤は弱いエルヴィーラのレベル……がこの世界にあるかは知らんが強くしてあげてから主人公のメイドにするとか。


(……! 待てよ、原作とは違う流れになるけど、俺が男爵となって領地を発展させて弟――主人公に男爵位を譲れば、主人公は領地発展に時間をかけずにヒロインの好感度を稼げるのでは!?)


 おいおいおいおい、俺は天才か?


 正直、この世界がハッピーエンドになったことを一目見られれば、俺はどうなったって構わない。

 それこそ、ハッピーエンドのために犠牲になったっていい。


 だから、俺は主人公とヒロインのために動こう。


 彼らがスムーズに良好な関係を築けるような下地を作っておくんだ。


(おおお! なんだかやる気が漲ってきた! 誰かは知らんが俺をこの世界に転生させてくれてありがとう! 俺、今度こそハッピーエンドを迎えられるように頑張るぜ!)


「あ、あの……ハインリヒ殿下……?」


 エルヴィーラがいきなり立ち上がった俺を不審そうに見ていた。


 いけないいけない。

 俺と彼女が結ばれてはいけないが、俺の野望のためにも仲良くなることは必要だろう。


 俺は左手を彼女の肩に置き、親指を立てて見せた。


「任せろ! お前のことは、俺が責任をもって幸せにしてやるからな!」


「は、はぁ……?」


 困ったように眉尻を下げる彼女を見て俺は思った。


(……ゲームのヒロインって実際見るとこんな可愛いのか)


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