第4話 2階の部屋
ある日、出版社から呼び出された。日帰りで帰るつもりが3日も東京に居る破目になった。
僕が軽井沢に戻り4日ぶりに喫茶店に行くと女性は“もうこないのかと思った”とボソッと言った。
それから3日後、僕の指定席になった店内から死角になるテラス席に陣取ってモーニングを食べ、大好きなガラスのコップを太陽の光にかざし揺らぎを見て楽しんでいだ。
そんな時、店内にはスーツを着た男が僕を探しにやって来ていた。男はカウンターでコーヒーを飲みながら女性に僕の顔写真を見せ、“この男を見なかったか?”と聞いたそうだ。
女性は“知らない”と言ってくれた。
その男が帰った後、女性は小走りに僕のところに来て、“あなたは作家なの?”って聞いた。男は編集者で僕のことを探していると女性に話したのだという。僕は正直にスランプでここ軽井沢に来て気分転換をするつもりだったけど、未だになかなか書けないのだと話した。すると女性は“あの編集さんはあなたのスマホのGPS機能をONにしておいたそうよ。あなたが逃げない為にね”と言った。先日東京に行った時にやられたのだと察した。僕の携帯は今別荘にある、明後日が締め切りだから連絡が取れないので彼は来たのかもしれないと女性に言った。
すると、女性は少し考えてから、“ちょっと付いてきて”と言って店のドアにかけている札をclosedにして鍵をかけ、僕を2階に連れて行った。
部屋のドアを開けるとその部屋は薄暗く左右の壁が天井から床まで本棚のある広い書斎だった。そして、部屋の真ん中に大きな重厚なテーブルが置かれていて革張りの椅子が窓の方向に向けて置いてあった。あとは窓のすぐ側にアンティークのロッキングチェアがあるだけという少し不思議な部屋だった。女性はカーテンを開け、窓も開けた。2階から見る景色は1階で毎日見ている景色とはまた違い、遠くの山までもが見えた。
女性は僕の顔を見て“よかったらここ使っていいわよ”と言ってくれた。突然のことだったので答えられずにいると、女性は“この部屋は主人の。作家だった。机は物がいっぱい乗せられるように、そしてどちらにでも向いて座れるようにこのテーブルに落ち着いた。彼はこの部屋が好きだった。もう6年前に亡くなっているんだけど・・・、なんとなくこの部屋はそのままにしてある”と最後には少し寂しそうに語った。
僕はそんな大切な部屋を借りていいものなのか迷ったが、この部屋になぜか惹かれた。だから女性に、知らない僕にこんな大切な場所貸していいのかと聞いた。すると女性は“知っているわ。朝が弱くて、人見知りで、でも綺麗なものが好き。繊細でスランプの作家”と。僕は彼女の申し出を受けることにした。
すると女性は僕に一つだけ約束をして欲しいと言った。それは締め切りにだけは遅れないことだった。遅れるといろんな人に迷惑が掛かる。編集者は勿論のこと、印刷所の人も・・・いろんな人に迷惑が掛かると。作家をやっていくんなら自分は書かせてもらっているんだと思えと言われた。
ハッとした。自分のことだけで精いっぱいだったから、そこまで考えていなかった。そして、そういうことをきっちりやるなら店をやっている時間ここを自由に使っていいと言ってくれた。
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