第25話 秘匿

第25話 秘匿



ウィルバードは、木剣を上から下へ振り落とした。


 すると部屋にあったテーブルが、スパーンと真っ二つに切れ、すぅーっと片方が滑り落ちた。


ハーマンは目を見開いた。

トラウマになり真剣を握ることさえできないと言われていたウィルバードが、木でできた模造の剣でテーブルを二つに切り落としたのだ。


「ハーマン。僕はね。あの使用人の怪我事件の時にトラウマになって真剣を握れなくなったという演技をしてきた。

母と妹が僕に隠し事をするならば、僕も何か隠し事を作ろうとしたんだ」

ウィルバードは苦笑いをして続ける。

「昨日、講堂の後ろにあるポーションを見たけれど、あれであの怪我を治すことはできないよ。

あのポーションだと斬った跡が残るからね」


「では―― 」

ウィルバードはハーマンの言葉を遮るようにしゃべり続けた。

「僕は、その昔聖属性魔法と呼ばれる魔法が得意なんだ。

そして自分の魔力を回復させる方法もわかっている。 ただしほんの少しずつだけれどもね」


ウィルバードは、半分だけ残っているテーブルの上にあるグラスに水を注いで口に運んだ。

ウィルバードの口元が黄色と橙色交互に発色した。


 ハーマンは、再び目を見開いた。

実はハーマンは主のワルフリーデンより、魔力の回復について見聞きしていた。そしてその技術を目にしたのは、ウィルバードがまだ、物心つかない赤子の時だ。


「きっと、女性陣が僕に真剣になれというのは、この先に何かが起こるのだろうと預言でもされているのだろう。 と推測している。

でも、僕が本気を出せば、学生レベルだとみんな死んでしまうんだよ。木の剣でもね。

だからセーブしているし、トラウマになった振りしたのは、剣技場以外の場所で訓練すること。他の場所で鍛錬しないと自分の実力が上がらないからなんだよ」


ハーマンは、女性陣の考えは、かなりずれていることがここではっきりとわかってしまった。

 ウィルバードの弱点と言われている、気の弱さは、本人が演じているだけなのだと。

そして、女性陣の考え、とくにトリシャの考え方は危ないと。

 親子であっても、情報と感情を確りと伝えていないのに、答えだけを欲しているようだと。

 自分は愛していないのに愛してくれてと言っているのと同じ事。

「お館様が言われていたことはこのことだったのか!」

思わずハーマンは思っていることを口に出してしまった。

 ハーマンはハッとしたが、ウィルバードの耳には入っていないようだった。


「ふぅう」ウィルバードは大きなため息をした。

「ハーマン。僕の愚痴を聞いてくれてありがとう。

それに、先程も言ったけれど、大きな声で泣いたらスッキリしたよ。

そして考えもまとまった。

ハウスビッシュ家からヒムラー家に対して条件をだしたようだね。

その条件をハーマンは知っている?」


「ぼっちゃん。少しお待ち下さい」

ハーマンは、急いでハウスビッシュ家がヒムラー家に出した条件をかかれた紙をとりに行った。



ハーマンは急いで、ウィルバードの部屋に戻った。

そこで、ハーマンは再び目を見開いた。

なんとウィルバードが木剣で斬ったはずのテーブルが元に戻っているのだ。


「テーブルが直っている? ぼっちゃん先程斬りましたよね?」


「え?ハーマン何を言っているの? 木の剣で木製のテーブルが切れるわけないじゃん。寝ぼけているのか? 確りしてくれよ」


 ハーマンはもう一度テーブルを見た。この型のテーブルはここにしかない。ウィルバードが交換するはずはない。自分もすぐにここに戻って来たのだ。

「夢でも見ていたのだろうか?」


「ごめん。なんか僕のせいでハーマンが疲れているようだね。

とにかく、その書類を見せてくれるかな?」


ハーマンは書類をウィルバードに渡した。



「ハーマンありがとう」

ウィルバードは書類に目を通した。



「ハーマン。この条件なんだけれども、お金のことはわからないけれども、とにかく僕が王国の剣術大会で優勝するといいということだよね? 」


「はい。実際には、お金さえあれば婚約の解消はあり得ないですね。

そのお金も、いいえハウスビッシュ家が借金をしている事になっていますが、実際、借金はしていないようです」


「なるほど、シアの気持ちが変わらない限り、僕との婚約はいきると言うことだね」


「はい…… この条件は、坊ちゃんが本気を出すように仕向けているのだと思います」


「そうか。今の僕の力だと優勝は厳しいな……

アウグスタ=ヒムラーは、素晴らしい剣士だ。

あの性格の悪さも何かあって演技をしているか、いいや、なにかに取り憑かれているとしか思えないな。

これからヒムラーを倒し優勝できるように修行の旅に出る。

僕はすぐに出発するから、わるいけれど、伯父上に修行するからよろしくと先触れを出してね」


「はい。畏まりました。

でも、トリシャ様やベルティーナお嬢様になにも言わなくてよろしいのですか? 」


「一刻も早く剣の腕を磨かないと優勝は厳しいし、まだお昼過ぎだ。明るいうちに出発したいからハーマン二人に話しておいてくれるかな?」


ハーマンにそう告げてウィルバードはクローゼットを開けて身支度を始めた。


 ハーマンは、頭を傾げているが、先触れを出すために自分の部屋に戻った。



※解説

ウィルバードの伯父さんとは、王都より南に位置する領地を治めるオッドリア辺境伯の事です。父ワルフリーデンの兄のことです。

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