第5話 模擬戦

第5話 模擬戦



三人は、使用人も連れずに屋敷内にある剣道場に向かった。


剣技場は、ここのお屋敷に住む者が、剣の腕を磨くために使われている。

しかし、ここの長男であるウィルバードは、自身の練習中、使用人に怪我を負わす事故があり、それ以降ここに入ることはなかった。

 その事故がトラウマになった為か、あれ以降まったく真剣を握らなくなった。使用人は、事故の日以降ウィルバードが真剣に触れることさせ見ることがなかった。

 魔法が使えなくなった、この世界は、自分を守るため、大切な者を守るためには、剣は必須である。ウィルバードの母、妹、婚約者は、木剣では学園で一番であろうと、真剣を使った勝負では真剣を握れない事がウィルバードの欠点になると危惧していたのである。その欠点はウィルバードの器用さで周知されていないが、いつ真剣勝負を挑まれるかわからない世の中だ。と女三人でよく話しているのだった。



カチャ


ウィルバード実に5年ぶりに剣道場の扉を開け中に入った。

動きに硬さが見られるのは、やはりこの場にトラウマがあるからだろう。


「兄様。如何ですか? 久しぶりの剣道場は?」

ベルティーナが兄ウィルバードを見ると、顔が弱冠引きつり青くなっている。久しぶりに入る剣技場に緊張しているのか、母妹の強引さに辟易しているのだろうか。

兄の言葉か返って来る前にベルティーナは、道場の奧に行き数本の真剣を数本持ってウィルバードの前に差し出した。


「ティーナ。 これは真剣じゃないか。試合は木剣を使うのではないのか?

もし―― 」

ウィルバードは、冷や汗だろう、顔から水滴を落としていた。

そんな息子を見ていたが、トリシャはそこから先を言わせなかった。

「ウィルバード。私とティーナと真剣勝負をしなさい。

いつまでも甘ったれているの!」

トリシャは、ウィルバードの前にある一太刀を鞘から抜き、ゆっくりと中断に剣を構えた。


「なぜ、どうして。母様と真剣で戦わなければならないのだ?」


「ウィルバード。私の旦那。あなたの父は、私達家族を守るために、フーマ王国を守るために戦い、行方不明のなったのよ」


「え? 父様は領地のオッドリアの海で行方不明になったはずじゃ――」


「あのね。兄様は、メンタルが弱いと母様が判断して内緒にしていたのよ。

ちょうどあの頃、ここで事故があったので、あの話しを母様は兄様には言わなかったの」


ウィルバード妹の説明に、あきらかに動揺しているのだろう。体は固まったように動かず、目は大きく見開かれている。


「ウィルバード。剣を握りなさい。

例え怪我をしても、我が家には秘伝の回復薬があるわ。

即死じゃなければ、必ず傷跡も残さずに回復できるわ」


ウィルバードは、母に促されても、動かずにいた。

いや、あまりの衝撃事実に動くことが出来ないのだろう。


「兄様」

ベルティーナは、兄にもう一度、一本の剣を差し出した。

それは、父がよく鍛錬に使っていた真剣の一本だった。


「とても優しい兄様とって、あの事故の時に負った傷。そして父様の事実を知った衝撃で、頭が追いつかないのはお察しします。

ですが、今は兄様とシア姉様の将来の為に真剣を受け取ってください」


「アダルーシアの為?」

ウィルバードは、そう呟き真剣を受け取った。


「さあ。その剣を鞘から抜きなさい」


ウィルバードは、母の言われたとおり剣を鞘から抜き、上段に構えた。


トリシャは、それを見てゆっくりと中断に剣を構えた。

互いの剣は、窓から指す日差しを反射してキラリと光っている。

トリシャから先に剣を振った。


キーン! 

キーン!

カランカラン


トリシャは、一気にウィルバードに近づき、刃先をウィルバードの剣にぶつけた。

ウィルバードは、剣を落とした。

トリシャの刃先は、ウィルバードの首筋にあった。


「これで、ウィルバードは、一回死んだわ」

トリシャの声はとても低かった。そして自分の持つ剣を娘のベルティーナに渡した。


ベルティーナは、兄に剣を拾うのを促した。


「兄様は女子(おなご)にも剣の力が劣るのですね。学園で優勝したのはお金でも積んだのですか?

妹として悲しいですわ。

こんな弱い兄を持ってしまって。

きっとこんな姿をシア姉様が見ると愛想を尽かしてしまいますわ」

ベルティーナは、兄が一時の感情でも良いから真剣に戦えるように煽ったようだ。


「なぜ? 母と妹に剣先を見せなければいけないのだ」

ウィルバードは、見事妹の煽りと挑発に対し剣を振うことを決めた。


キーン キーン 

カランカランカラン


ベルティーナの剣はウィルバードの首筋で氷のように冷たい光りを発した。

ウィルバードは、剣を落とし愕然としていた。


「ウィルバード。これで、二敗。たった数分で二度死んでいるわ」


今度は、母トリシャがウィルバードを煽った。

ウィルバードは、悔しさのあまり剣を構えて母を斬りに行ったが、軽くかわされた。


「これで、三度ね」


この後ウィルバードは、母と妹に真剣を振りかざしたが、一度もその剣は二人を捉えることをしなかった。



ウィルバードが、剣道場に沢山の傷を癒やす薬があるのに、気づいたのは妹と母がその場からいなくなってしばらくした後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る