第七話 為すべき目的

「申し訳ない、この子の暗示に対する弱さは承知していましたが、想定以上のことでした」

 そう言ったトリスタンは本格的に頭を抱え、いつか頭痛か胃痛で死にそうなほどに顔色が悪くなっている。一方のランスロットは、土気色になっていた顔色も元の血色に戻り、涼しい顔で立ち上がった。

「あの呪いをしておいてもう回復したのか」

「多少は自制が効いていたみたいでな。見かけほど深刻ではなかった、が正解だった。まあ、あの男自身が抱えたで相乗効果が出てたことは否めないが」

 バメイとの短い会話で、ランスロットは武槍が受けた呪いを肩代わりし、かつそれを克服したことが伺える。指を鳴らしてすぐに血を吐いていたほどであったにも関わらず、凄まじい生命力かあるいは何かの方法があったのか、平気そうなランスロットに無理をしている気配はない。

「暗示に弱いのは克服しないのか」

「既に何度も試しましたが、最早あの子の核を成す一部になるほどです。諦めるしかありません」

「弱点が致命的すぎやしないかそれ」

 バメイとトリスタン、ランスロットにもう一人いた赤毛の青年で、雪の降り頻る縁側に病人を放置するわけにいかないと移動させることになった。

 意識を失っている人間を二人運ぶのはかなりの重労働で、ランスロットとトリスタンが人並み外れた膂力であることを役立てて囲炉裏のある場所まで運んで行った。

「それにしても、なんで稲置は探偵業なんてやってるんだ。呪いを解くだけなら俺達を呼べば協力してやれるし、お前だってできるだろう」

「……そりゃあやろうと思えば延命ぐらいはろきるだろうし、治すとまではいかなくても人並みの寿命まで生かすこともできるだろう」

「なら、」

 自分の提案を受け入れないバメイと、今もまだ眠っている沙穂にランスロットが言葉を投げる前に、バメイはそれを遮った。

「だがな、そうやって苦しみから逃げる選択肢以上に重い目的がある。あれはもう生き方を決めた。お前達だって、一度決めた生き方から外れられないだろう」

 赤毛の青年は囲炉裏に吊るした鍋に手際よく材料をナイフを使って切り入れ、一見野菜の汁物に見えるそれをかき回していく。ぐつぐつと豊かな香りを漂わせ、何度も小皿に数滴垂らしては、味の調整を続けていた。

 その様子をぼんやりと眺めているバメイは、手持ち無沙汰なのか片手では頬杖をつき、もう片方の手では小さな宝石をいくつか手慰みに遊んでいた。

「為すべき目的がある以上、沙穂はそれ以外の選択肢が視界に入らない。自分が救われる、楽になる未来が想像できなくなっている。多分だが、自分が目的を為し遂げて報われるなんてことも期待していない」

「随分と厳しい生き方だな」

「そうだな、俺がそう生きるようにさせたようなものだからな」

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