第四話 女神の呪い

「くそ、本当に厄介だな……!」

 突然武槍の腕から力が抜け、その手から短刀が取りこぼされる。馬乗りになっていた子供は、今度は自分よりも遥かに大きい体の武槍を抱えてその場から逃げようとする。その左手には表面を覆い尽くすように蛞蝓、百足、なんらかの幼虫などが這っており、明らかな異常事態だった。

「武槍様から、離れろ……」

「いよいよ正体を表したか、稲置」

 頽れて肩を上下させながら呼吸をする沙穂の口の端からは、しとどに血が流れていた。顔色も青白く、見るからに健常な人のそれではない。

「その呪い、この男を呪った時点で自分ではどうしようもないのだろう。何故我々の庇護を受けない。何故自分で御しきれないとわかっていて誰も頼らない」

 子供のその言葉にも、沙穂は答えない。ただ鮮やかな赤色で雪景色の庭と、同じぐらい透き通った白い髪を染めていた。

に来い。お前の呪いを完全にとはいかないが、解呪できるだろうしできなくとも完全な封印ぐらいならできる。俺だって無辜の人間をいたずらに殺す真似はしたくない」

 青白さを通り越して土気色の武槍が目覚める様子はなく、地面に這う虫達から離れた場所に子供は彼を横たえた。そして右腕から頭へと登ろうとする虫達を丁寧に一歩きづつ取り除くと、武槍の口目掛けて入り込もうとする虫を取り除いていく。

 そうして武槍に這う虫が全ていなくなったのを確認すると、パチンと指を一度鳴らす。次の瞬間、子供は沙穂と同じように血を吐き、顔色は土気色へと変わっていく。

「大方、俺をこの男から引き剥がすために発動したのだろうが、守りたい人間に牙を剥くのは本末転倒だな」

 乾いた笑いを子供が零していると、鮮やかな羽がひらりと落ちてくる。青、赤、緑、冬の日本には似つかわしくないものに呆気に取られていると次の瞬間、子供は黒い手に後頭部を掴まれ、そのまま地面に引き倒された。

「ネズミが入り込んだと思ったらトカゲとは、思わぬ収穫だな。なあランスロット」

 子供をランスロットと呼び、冷たい声を放ったのはバメイだった。いつものように気楽なパーカーにジャケット、キャップを目深に被って来ていた。

「バメイ……」

「全く、お前はいつになったらを自分で引っ込められるようになるんだ。そら、これを使え」

 そうしてジャケットの胸ポケットから取り出された布に包まれた何かをバメイは沙穂に投げ渡し、沙穂は目の前に投げ落とされたそれを拾う。布を取り払えば、中にはいくつかの宝石が入っていた。一目では簡単に判別がつかないほど色とりどりの宝石を手のひらで握り込み、沙穂は一度その場で横になる。

「さて、この状況をお前はどう収集する?」

 沙穂の動きを一通り見守ったバメイは、そのまま地面にうつ伏せのまま動けないでいるランスロットを見下ろした。ランスロットと呼ばれた子供は、ただ開けることができる左目でバメイを睨みつけることしかできなかった。

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