第三話 魔女の呪い
沙穂は自分で喉元に短剣を突きつけていた。それが自分の意思でないことは、怒りにも似たその表情と震える手が証明している。
「沙穂さん!」
それを見た瞬間、武槍は持っていた薙刀を投げ捨てて沙穂の元へと走り出した。その走った勢いのまま沙穂の手を掴むと、ひねるようにして一回り小さい手から短刀を奪い取る。
安心したのも束の間、今度は先程強く薙刀の石突で打ち据えた子供が襲いかかる。短剣を沙穂の手から離せたことに安心して生まれた僅かの隙で、武槍は馬乗りになられる形で仰向けに倒れ込んだ。
「何故そこまで守ろうとする!お前とあれは赤の他人だろう!」
右腕で脇腹を庇いながら、子供は左手を武槍の首にかける。その力は子供の片手とは思えないほどの力で、手を剥がそうと指をかけても首を絞められる力に勝てない。
「お前をそこまで動かすのはなんだ、破滅の呪いはお前の心までも死へと向かわせるものなのか!」
酸欠で狭まる視界で、武槍は泣きそうな子供の顔を見た。殺意は変わらないままだったが、そこには憎しみや怒りではない何かがあった。
ふっと剥がそうと子供の手を掴んでいた指から力を抜き、手首を掴んで離れないようにした次の瞬間、沙穂の手から奪った短刀で喉元を横から狙う。その手を子供は掴み、首を絞める手と喉元を短刀で突き刺そうとする手の膠着状態が始まった。
「ここまで来て、まだ……!」
「武槍様!」
地面に膝をついた沙穂が叫んでいる。彼女がいるのは武槍から見て子供より先の方向であり、体を起こすことのできない武槍は視界に入れることができない。何より、酸欠で耳が遠くなり始めた状態では、何かを叫んでいることは理解できても、自分の名前を呼ぶ声しか耳に入らなくなる。
「クソ、なんだこれ、……離せ!」
突然子供が暴れ出す。武槍が手を掴んでいる状況が何か不都合があるのか、途端に首を絞める手を離そうともがき始めた。何が起きているのか理解できてはいないが、武槍は自分の頬を何かが這う感触を理解する。
湿っており滑らかに動くもの、無数の細かい針で軽く撫でるように動くもの、幾つもの点で柔らかく跋扈するもの、それが武槍の喉元に到達した時、武槍もようやく理解した。
「自分の鼻と口を塞いで目を閉じて!」
沙穂が叫んでいる。その言葉を理解する前に、頬を這っていた何かが口の中に入ってきた。その味は生臭い腐敗臭を放ち、それだけで意識が遠くなる。
武槍が瞼を落とす時、子供の腕に夥しい数の虫が這うのを見た。今自分の口の中に入ったのもそれだと理解する前に、全身から力が抜けて何もできなくなる。
視界が暗くなってから、意識が遠くなる。この時武槍はようやく突然現れた子供が言っていた沙穂の呪いを理解した。
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