第二話 呪いの有機物
武槍が見繕った短刀を握り、沙穂は蔵の外を見やる。まだ子供の影は見えないが、遭遇するのは時間の問題だろうと意を決して外へ出る。そうして辺りを見渡していれば、戦斧を引きずった子供が屋敷の縁側に立っていた。
「そこのお前はそれを置いていけば見逃してやる。逃げるなら今のうちだ」
年は10歳になった頃だろうか、幼さしかないその子供は傲慢に武槍を指差して言う。目的は沙穂にあるのだと。
「彼女は物ではないし、私は彼女を見捨てて逃げるほど落ちぶれてはいない」
「その女がお前を殺すとしてもか?」
「どう言うことだ」
いつその斧を振りかぶるかわからない相手に、武槍は薙刀の切先を向けた。その視線は子供の目ではなく、子供とその周囲を俯瞰的に捉えている。
「その女が腹に抱えているのは原初の呪い、死んだ女神が犬に食わせそびれた腐敗そのもの。いつかその呪いは全てを腐らせ落とすぞ」
「だが私の願いを叶えてくれた。それに、彼女に害意があるかぐらいは私だって判別できる」
「意思のあるなしで制御できるなら俺が出張っていない。その呪いはいつか全てを腐らせるぞ!世界すら壊す代物だ!」
「だったら彼女をどうするんだ。私は彼女を守る。君が何をしようと、私は君の指示には従わない」
感情を削ぎ落としたような顔は、見る影もなく怒りに染まっている。まるで親の仇を見るかのように、隻眼は二人を睨みつけていた。激昂する様子に、子供の未熟さが浮き彫りになり、武槍はただ冷ややかな目で子供を眺めていた。
武槍は頭の思考を切り替える。相手にしているのは人間ではなく、人間の形をした生き物と。明らかに子供ではない膂力で大斧を振り回し、勢い良く吹き飛ばされても涼しい顔で立ち上がったこれを人間と認めるのは難しい。それこそ、逃げる直前に沙穂が言及していた魔女あるいは魔法使いとやらなのだろう。
緩やかな瞬きの後に、薙刀を握る手に力を入れる。
「邪魔をするならお前もそれと同じ末路だ。お前ごと連れて行く」
「やれるものならやってみろ……!」
武槍の啖呵と同時に、子供は斧を振るいながら走り出す。その姿に躊躇することなく武槍も薙刀をくるりと切先を右後方へと振り替えて足を踏み込む。跳んだ子供はそのまま重力に任せて斧を振り下ろす。
それを見た武槍は、踏み込んだ右足のつま先を僅かに方向を変え、薙刀を下から振り上げた。その上げただけの切先で、凶悪な斧の軌道を僅かに変える。軌道が逸れたまま、地面へと着地していく子供に向けて、振り替えた薙刀の石突で武槍は横腹を強く打ち付けた。
「武槍様!」
「どうした、」
吹き飛んだ子供を気にかける余裕もなく、叫んだ沙穂を振り向けば、その喉元には沙穂に握らせていた筈の短刀が添えられていた。
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