第五章 楽園からの使者

第一話 祝福の無機物

 どれだけ逃げ回っていただろうか、一時間は経っていないだろうか、と考えながら二人はようやく上着を乾かしていた囲炉裏へと辿り着いた。広大なだけに、自然と複雑になった広い屋敷を駆け回っていた疲れからか、僅かな安心を手にいれる。

「仕方ありません、武槍様」

「え?」

「武槍様は迷い家の祝福を手放すことが目的でした。しかし、この状況になっ以上、それは難しいと思われます」

「つまり……あの子供に対抗するために、武器をここで手にいれると?」

「はい」

 楡伊は一瞬考え、沙穂の提案を受け入れた。戦斧に対抗するべく、この屋敷で武器を手に入れるために、しばらく屋敷に留まる考えに同意した。

「この屋敷に侵入できている以上、屋敷から脱出したとしても追跡は続く可能性が高いです」

「それならまだこの屋敷で戦う方がマシ……か」

 囲炉裏で乾かしていたショールと外套をそれぞれ羽織り、今度は入ってきた正面玄関とは反対側へと向かった。元来た道を戻るのではなく、庭へ出て木や草叢の影に隠れながら移動する。

「こういう屋敷は裏手に蔵があるはずだ。そこに使えそうなものがあるかもしれない」

「やはり日本刀などがいいのでしょうか?」

「いや、あの大斧なら一撃で刀が折れる。それよりも槍か薙刀を探そう」

 気配を探り、重たい金属を引き摺る音が聞こえれば息を顰め、二人は屋敷に見合った広大な庭を探し回った。

 時折落ちていた枯れ枝を踏み抜いてその音に心臓を縮め、なるべく影に隠れるようにと武槍の使い古された臙脂の外套に隠れる。目立つ色の外套を裏返し、裏地の土色を見せる。そうして雪景色と草木に隠れるようにして、少しづつ目的地までの距離を詰めていった。

「……目立つ色ですよね、外套」

「遭難対策なんだ、白や黒だと雪景色に隠れてしまうから……」

 密やかに会話を交わし、少しでも人の影が見えれば気配を殺す。そうして、二人はようやく重い扉が立ちはだかる蔵へと辿り着く。

「この中に使えるものがあるだろう」

「あの、私戦闘に関しては素人なのですが……」

「私だって素人だ」

「さっき綺麗に背負い投げしていたじゃないですか」

「昔取った杵柄だ。そこまで使えるものではない」

 沙穂の投げかけた問いにあからさまに目を逸らした武槍に、沙穂は首を傾げるだけでそれ以上の追求はしなかった。

 重い扉を開け、光のない蔵の中を暗順応できていない目で探していく。転ばないように足元に注意を払い、子供の影が現れないか神経を使う。そうしてしばらく蔵の奥まった場所を探していれば、長い棒状の手触りのものに触れる。

 引き摺り出してみると、多少古いものの錬えられた鉄で作られた滑らかな刃が現れる。その三日月のような特徴的な形状に、薙刀であることは見てとれた。

「見つかりましたか。私も何か使えるものを探さなければですね」

「銃があればいいんだが、」

「素人には無理です」

「なら短刀あたりがいいだろう」

 近くには漆が塗られた黒い箱があり、開けてみれば年代物の武器がいくつか入っていた。その中から柄の小さいものを選び、沙穂の武器を見繕う。そうして白い小さな手に握られた刀は、清廉な輝きを見せていた。

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