第八話 隻眼の子供

 隻眼の子供は静かに二人を見下ろしていた。睨みつけていた左眼はすっと殺意を消し、その表情はあらゆる感情が削ぎ落とされている。

「……死にたくなければ、お前は逃げろ」

 子供の右手には明らかに殺傷能力を上げたような戦斧が握られており、空いている左手で武槍を指差して告げた。

 先ほどまで倒れ込んでいた場所を見れば、その戦斧が深々と畳に突き刺さっている。その本物の殺意に、沙穂が押し退けてくれなければ死んでいたとゾッとする。

「君は、何者なんだ」

「……お前が知る必要はない。そこを退け、用があるのはだ」

 明らかに沙穂を狙った発言に、それとなく武槍は沙穂の前に出て庇う立ち位置になる。殺すつもりか、彼女に用があるのか、どちらにせよ彼女が無事ではないということだけは理解できた。

「すまないが、私は彼女に依頼を出している。そちらの要望は彼女が依頼を終えてか伝えてくれないだろうか」

「既にお前の依頼は終わっているだろう。同胞に招かれた者、迷い家に到達したのなら、はお前にとって用済みのはずだ」

「ダメだ、彼女は渡せない」

 武槍のその言葉を最後に、子供は黙り込んでしまった。僅かな会話で聞き取ったその声も性別を判別する材料には至らず、少年であるか少女であるかの判断を下せなかった。

 黙り込んだ子供の、戦斧を握っているその手に力が入るのが見えた。次の瞬間、目にも止まらぬ速さでそれを振り上げる。そんな子供に向かって、背中を丸めた楡伊が懐に飛び込むのは同時だった。

 戦斧の柄とそれを支える右腕を両手でそれぞれ掴むと、右肩を子供の脇の下に滑り込ませるようにして、そのまま背負い投げをする。その先は地面に叩きつけるのではなく投げている途中で手を離し、子供は数メートル先まで戦斧を持ったままふすまごと吹き飛んだ。

「武槍様!」

「私は大丈夫だ。それより、あの子が戻る前に逃げるぞ!」

 吹き飛んだ子供を振り返る余裕はなく、武槍は沙穂の手を掴んで長い廊下を走り出した。

「あの子は何者なんだ!?」

「……私の心当たりがあるとすれば、あの子は恐らく魔女あるいは魔法使いです」

「すまない今理解する余裕は無かった!」

「後で説明します!」

 そうして屋敷の中を駆け回り、何か子供が持っていた斧に対抗できるものはないかとしばらくの間二人は探し回っていた。

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