第六話 いつもと違う場所
初めて沙穂とバメイが
いつもと同じ道を歩いていた。いつもと変わりない会話だった。
それでも、二人は山の中で迷ったのだ。10年以上住んでいる山であると言うのに、まるで初めて来たような様相だと
「おかしいですね……いつもと同じ道のはずですが」
武槍曰くこの山では冬場の昼間に霧が立ち込めるのは珍しいらしく、困惑した様子で周囲を警戒している。
「霧で見えないだけじゃない、まるで違う場所に迷い込んだような……」
沙穂の安全を確保するために武槍は彼女を外套の裾の中に入れ、はぐれないように進んだ。雪がちらつく以上に霧が視界を阻む中、立ち止まるのは得策ではないと来た道を引き返していた。
歩いていれば、だんだんと雪も深くなり、視界は吹雪によって真っ白に染められる。
「武槍様、あれは……!」
そうして道を引き返していても一向に小屋には辿り着けず、辿っていた足跡はいつの間にか綺麗に消えてしまった。その代わりに山の中に突然現れたのは広大な畑を何枚も敷き、漆喰で塗られたばかりのような綺麗な塀は人よりも背が高い自負のある武槍をゆうに超えていた。
「人の気配はありませんが、どうされますか?」
「とりあえず軒下を借りよう。この雪では戻るのも難しいだろう」
そうして門に近づけば、軽く押しただけでするりと門が開く。しかし二人は敷居を跨ぐことはなく、門の軒下で雪が溶け切る前に服についた雪と露を払う。
「しかし、人の気配もないが、他の獣の気配どころか、この近くにいた痕跡すら見つからない。どこかおかしい」
二人以外は本当に生き物がいない様子で、周囲を見回しても小鳥すら見えないまま、中に入るかどうかを目を見合わせて相談する。
「もしかしたら、ですが」
「ここが迷い家ということか」
「はい。人間の気配がしない豪邸、という点では文献と合致します。……例の筆は持ち歩いていますか?」
「確かに、ここにあるが」
「持ち込めば何かあるかもしれません」
そうして二人はようやく敷居を跨いだ。
敷居を跨いで入った先に待っていたのは、よく手入れのされた日本庭園と大きな茅葺き屋根の屋敷だった。引き戸を開けて正面の玄関に入れば、土間で隔てるようにして居間と囲炉裏が分断されており、囲炉裏には煌々と火が焚かれて煙が出続けている。
「やはり人の気配はありませんね」
辺りを見回すと、丁寧に磨かれたガラスのランプが至る所から吊るされており、その意匠もよく見れば同じものは一つとしてなかった。居間の襖は全て開けられており、その奥には畳の四分の一ほどの大きさしかない小さなピアノが置かれていた。
「この屋敷にあるもののほとんどが明治期の舶来品のようだな。おそらく向こうのピアノは象牙の鍵盤だ」
「知っているのですか」
「昔母の屋敷にも同じものがあった」
「……とりあえず、筆を置ける場所を探しましょう」
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