第三話 マヨイガの筆

 山の中腹に住んでいるという依頼主武槍たちばな楡伊にれいは、時代を越えたかのような藁履と蓑姿で二人を出迎えた。そのまま案内されるままに獣道のような雪道を進んでいくと、電気もガスも通っていないような山小屋に辿り着いた。

「申し訳ない。客人など滅多に来ないために中も寒いが、囲炉裏の火は絶やさずにいるから、そちらで温まってくれ」

 そうして衣類に積もった雪を払い、土間で靴を脱いで上がれば、藁で編んだ貧相な座布団が2枚置いてあった。上座に置いてあるため、明らかに沙穂とバメイのためのものなのだろう。

 そうして二人が座るのを確認すると、武槍は観音開きの棚から急須と茶筒、二人分の湯呑みを出した。

「お茶が上がるまでに少し依頼の内容をお伝えします」

 囲炉裏を挟んで二人と向かい合う形で座った武槍は、慣れた手つきで急須に茶葉を入れ、囲炉裏に吊り下げた釜から柄杓でお湯を注いでいた。

「今回の依頼はこちらの筆を、元あった場所に戻して欲しいのです」

 そうして懐中から取り出されたのは、一本の筆だった。上質な毛と木材が使われているのは一目瞭然で、絵や書道を嗜む者であれば手放すのが惜しい代物だろう。そんな和筆だった。

「これは、私の父が残した手記の内容が間違いなければから持ち出された筆です」

「その話が本当であれば、に筆をお返しするということでお間違い無いでしょうか?」

 沙穂の言葉に、武槍は迷うことはなく頷いた。

「ですが、迷い家まよいがは願っても辿り着ける場所ではありません。それに……」

「わかっています。この筆を手放すということは、家の破滅をもたらすことと同義。

……まあ、この暮らしぶりから更に転落するのなら、死ぬしかないですがね」

 沙穂が何かを言おうとした時、丁度お茶ができたのか湯呑みにお茶を注いで武槍は二人に差し出す。

「それでも、この筆は手放さなければならないのです」

 武槍の痛切なその言葉に、二人は押し黙るしかなかった。

「報酬の用意はできております。どうか、誰にも知られず、この筆が二度と私の元に戻らないように」

 頭を下げられれば、筆を受け取るしかなかった。

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