第四章 マヨイガの一族
第一話 山窩
明け方、男は目を覚ました。使い古した末に中のワタが完全に潰れたような煎餅布団から這い出ると、寝巻きだった浴衣を脱ぎ、白い息を吐きながら近くに畳んで置いてあった着物を着る。
寒さから歯の根は合わず、指先は凍えて震えてうまく動かない。それでも慣れた様子で着替えを済ませると、ゆったりと歩き出して裸足の上から足袋を履く。
「さて、まずはこれを終わらせないとな」
折り畳んだ紙を枝に結びつけたものが枕元に置いてあった。それを拾い上げれば、藁履を履いてくるぶしまである頭巾を被り、その上から笠を被り蓑を羽織る。そうして建て付けの悪い戸を開けば、一面は雪の降りしきる銀世界だった。
「……これは雪かきだな」
そうして新雪が降り積もった獣道を踏み締めて進む。時折足が深みにはまるも、慣れた様子で足を引き上げて道なき道を進んで行った。
それから数十分ほどだろうか。獣道が途切れると、人の手が全く入っていない小川にたどり着く。遠くで草むらの揺れる音が聞こえるのは、兎か狐だろうか。そんなことを考えながら、男は川辺に立っていた。
「噂が本当なら、これで全部が片付いてくれればいいんだがな」
そうして男は持っていた枝を下流へ向かって放り投げた。
「ご依頼、承りました」
どこからともなく聞こえた声にも、男は驚くことなく元の道を引き返した。
家に戻った男は、玄関から入ってすぐの土間に立てかけていたシャベルを手に取り、家の前に積もった雪を整えていく。山の中腹にある家は、麓まで続く道まで一直線の位置にあるため、ある程度の距離まで道を開いていく。
その作業が終われば笠と蓑を玄関先に干し、水気を落とす。土間に上がって藁履を脱げば、逆さにしてある程度まで水気を落とすために振り、囲炉裏の側に立てかけて温める。
そうして藁履の向かい側に座れば、釣り鍋の中の煮物はぐつぐつと湯気を立てていた。
「ふむ……もう少し野菜の仕送りを増やしてもらおうか」
何の気なしに鍋でくたくたになるまで煮えすぎた野菜を椀によそい、箸でつまみながら食べる。
そうして僅かな朝食を食べ終えれば、箸と椀を流しに置いて汲み置いた水にひたす。そのまままた囲炉裏でしばらく手を温めた後、部屋の片隅で布に巻かれた大きい板状のものを引き摺り出した。
丁寧に布を取り払えば、中から出てきたのは描き途中の油絵だった。
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