第八話 呪詛返し

 やけに気温が高く、夏着のまま過ごせる秋の日だった。

 この日、二人の遺体が発見された。

 一人は安倍篤彦あつひこ。姉の嫁ぎ先の実家の子供を引き取ってからは瓜生うりゅう敦彦あつひこと改名していた。瓜生家の財産を好き勝手に使い、瓜生家の正式な跡取りである瓜生敦を虐待していたと噂されていた。

 もう一人は瓜生斗真とうま。2年前に亡くなった瓜生家当主の遠縁の親戚であり、苗字こそ同じであれど、この二人には血縁はなかった。

 二人の遺体が発見された時、その状態は凄惨なものだった。

 お互いに殴り合ったのか、二人の両手の骨は砕け、全身の骨にヒビが入り、所々は砕けるようにして折れていたという。斗真に至っては頭部が陥没しており、恐らくは敦彦が殴った際にできたものと思われる。

 更に二人の遺体を見た人間達は口を揃えてこう言った。

「これはだ」

 二人の死亡推定時刻を警察は正確に割り出せなかった。二人の最後の目撃情報を参考にしても全く釣り合わないほど、遺体の腐敗が酷かったからだ。

 斗真の指先から肩にかけて、そこにあった肉は全て虫に食われ、遺体を調べなくても骨の状態がわかるほどだった。その顔は断末魔の様子であり、恐怖と痛みに歪み、見た人の夢に出てきそうなほどだったという。

 一方の敦彦の遺体は内臓を殆ど虫に食われており、特にムカデが大量に巣食っていた。しかしその顔は斗真とは一転変わって穏やかであり、どこか幼かったという。

 警察はこれを事件として捜査したが、互いの死因は殴り合ったことによる頭部外傷であり、遺体の腐敗は秋の異常気象として処理された。

 二人を知るある人間は言った。

「敦彦は仇を討ったのだ」


 川の上流の神社から戻った敦は保護者の死を知らされ、膝から崩れ落ちた。警察はそんな敦を気遣い、その日の食事を差し入れるだけで一人にさせた。

 そうして警察が持ってきたコンビニの弁当を一人台所で眺めていると、視界の端に人影が映る。

 それは金青こんじょうの絹糸で織られた麻の葉の着物に、唐紅からくれないに銀で蝶の刺繍を施された艶やかな姿だった。髪をまとめ上げている姿に、いつもとは違う雰囲気を感じる。

「……沙穂さんは、知ってたの」

「はい。これが今回のご依頼でしたから」

 そうして台所にあった机と椅子に敦に向かい合うように沙穂は座る。綺麗ひ髪を団子状に結い上げられているために、さらりと揺れるわずかに垂れている顔横の髪のふわりとした動きをつい目で追ってしまう。

「今回は、本来は私から敦彦様にお伺いして受けたご依頼でした」


 沙穂曰く、長年の探しものを追って敦彦を訪ねたという。そこで、敦彦から今回の依頼を受けた。

 依頼の内容は、敦に向けられた蠱毒を敦彦が全て肩代わりし、その上で呪詛返しを成功させたいというものだった。その話を聞いて敦が袖を捲り上げれば、刺青のように黒く浮かび上がっていたアザが消えていた。

 呪詛返しをする上で、誰が蠱毒を作り上げたのかが一番の壁だった。瓜生家の周囲は豊かな自然に恵まれており、秘術を知っていれば誰でも簡単に蟲を手に入れられる。その上で、瓜生家の当主が亡くなって最も得する人間を探さなければならなかった。

 その捜索を請け負ったのが稲置探偵事務所である。

 稲置沙穂の探しもの、そして蠱毒を作り上げた人間、瓜生家当主が死んで最も利益を得る人間が一人だけ該当した。

 かつての瓜生家から分家し、殆ど血の繋がりのない遠縁の親戚、瓜生斗真とうまである。瓜生家の財産は管理する人間が必ず必要であり、敦彦の家系の存在を知らなかった斗真は瓜生家を乗っ取るために多くの画策を実行してきた。

 その一つに、瓜生家当主の遺言状の捏造である。有事のために遺言状を作成していることを知っていた斗真は本物の遺言状と捏造された遺言状を入れ替えた。

 それから数ヶ月後、本来は蠱術によって一家全員を葬り去る予定だったが敦彦の姉が身代わりになることで阻止し、幼い敦を残して当主は死亡した。

 敦彦が姉の葬儀に出席した時、斗真は彼に幾らかの金を握らせて黙らせる予定だった。

 敦彦は以来瓜生家に近づく人間を全て警戒し、呪詛返しの準備をしていたのだ。


「それで、その呪詛返しは……」

「敦彦様の呪詛返しは成されました。これを敦様が知り、万が一蟲の付け入る隙ができないようにと厳命されておりましたので、こうして全てが終わってからの報告となったのです」

「そうですか……」

 敦は思い出す。家族を殺し敦を呪ったその男は、夜な夜な敦と会い、敦を助けてきた幼馴染の父親であったことを。

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