第六話 孤独
「今回のご依頼、正式に承ります」
ゴミだらけの屋敷の中、彼女が通された客間だけは整えられ、新しい畳に上品な掛け軸、季節に合わせた香炉が飾られていた。
「本当に助かりました。これで私も安心できるというものです」
下座に座る男、
「本当によろしいのですか。このままでは、」
「いいえ、これは私がやらなければならないのです。どれだけこの身が魂ごと腐ろうと、これだけはやり通すと決めたのです」
体が不健康な程に肥えたためか、脂汗の滲むその顔は青白さを超えて土気色になっている。その姿に、腐臭に似た甘い臭いに隠れた死臭に気付く人間もいるだろう。
「もう誤魔化すこともできない。あの子に知られて仕舞えば、私の目的は成されない。どうか、何も言わず、あの子に悟られずにやってはくれませんか」
またも深く頭を下げられれば、沙穂はそれを拒否することはできない。
「あの子の財産であるこの屋敷を汚した責任は取ります。しかし、他の財産には一切手をつけていない。本家の人間の力を借りてきましたが、もう誤魔化すこともできないのです」
「……既にお子様が私に依頼を出しているのは知っていますか」
「はい。ですからどうか、あの子に全て知られてしまう前にこうしてお願いしているのです」
「……夢?」
目が覚めると、敦は木造の室内にいた。上等ではないが清潔な布団に寝かされていたようで、肌を滑るシーツの冷たさに身震いする。
「気がつかれたようですね。先ほどは説明もなくあのような事態になってしまったことお詫び申し上げます」
枕元で敦を見守っていたのか、敦が目を覚ましたことに気がついた沙穂は深く頭を下げる。
「何か、夢を……」
「疲れていたのでしょう、もう少しお休みください。消化に良いものを用意してまいります」
そうして沙穂が近くの戸を開くと、外からの明かりが入り込んでくる。そこでようやく敦は自分が今いる場所を窺い知ることができた。
敦が寝かされていたのは寂れた神社であった。人の手が入っているのか定期的に清掃されているのか、埃が積もっている様子はなく、古いだけで十分に人が休めるほどの清潔さがある。御神体らしき鏡が置いてある祭壇にも供物が捧げられており、積み上げられた米は整えられており、見事な円錐形を見せていた。
「汁物をご用意しました。食欲があるようでしたら、他のものも持ってきますよ」
そうして引き戸を開けて姿を消した沙穂が、盆の上に箸と湯気が立つ椀を乗せて戻ってくる。枕元に置くと、引き戸を数センチほど開けたままにして部屋の隅に座る。
その姿をぼんやり眺めていると、宝石のような黒い瞳と眼が合う。にこり、と微笑まれたのは好きに食べていいという意味を乗せているのか、椀を手に取ればそのまま目を細めて見守っている。
「……夢を、見たんです」
敦は八分目までよそわれた味噌汁を半分ほど飲み干すと、こぼさないように気を遣いながら膝元へ降ろす。そのままぽつりぽつりとお父様と沙穂が話をしていた夢を語った。
「その夢が本当かはわからないです。だって、僕の知るお父様とは違うから。でも、沙穂さんが呪いだって言ってくれた状況で、ただの夢だって思えないんです」
敦は想像つかないが、今の話によって沙穂の態度が変わるのではないか、悪い方向へ向かうのではないかと漠然と考えた。想像することもできずにいるのを紛らわすために、残りの半分ほどの味噌汁を飲み干した。舌がほんのりやけどをしたように感じる。
「……そうですね、その夢は無関係ではないでしょう。ですが、今お話しすることはできません。全ては、……明日にはお話しできるでしょう」
そうして飲み干した椀と箸を膳の上に乗せ、それを持って沙穂は引き戸を開けて出て行った。
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