第三話 友達の噂

 敦の1日は広大な屋敷の仕事に消費される。の食事や身の回りの世話、日頃から使う部屋の掃除、が勝手にツケにした出前の支払い。全部ができなければ殴られ、全部ができても鬱憤を晴らすために殴られる。

 それでも敦は腐らなかった。真夜中、よく深酒をするの目を盗んで外に出れば、敦の身を案じた友達や大人が助けてくれたからだ。家で満足に食事のできない敦に食べ物を渡し、殴られてアザができれば氷を当てて冷やしてくれた。

 敦は腐ることはなかったが、劣悪な環境から救われることもなかった。瓜生うりゅうの実権を握っているのは実質的にであり、瓜生の実権を握るということは周辺一帯の地主になることに等しく、警察も行政も簡単に手を出すことはできなかった。

「敦のとこのおじさんとおばさん、多分、事故死じゃない」

 そう言ったのは幼稚舎から一緒に育った幼馴染だった。彼の両親は警察であり、当時の事件の情報を詳細に聞くことができたという。

「多分だけどね、おじさんとおばさん、トラックが突っ込む前には死んでた。それと、……敦と同じアザがあった」

 そうして幼馴染が敦の一年中着古している長袖を捲る。そこには、ムカデが這ったような黒いアザが浮かんでいた。

「これ、警察はみんなだって言ってたけど、ばあちゃんが、だって言ってた」

 それ以来、黒いアザを調べるほど刺青とは思えず、幼馴染が教えてくれた探偵に頼ることになった。

 呪いだとしたら誰が呪ったのか。何故両親は呪われたのか。何故自分は生きているのか。


瓜生うりゅうあつし様でしょうか」

 物思いに耽りながら、下品な女性の悲鳴にも似た声を庭先でぼんやりと聞き流していれば、森から白い人影が現れた。幽霊かと思い悲鳴をあげそうになったが、白く見えたのか彼女の透き通るような白い髪だった。

 生成りのブラウスに檜皮ひわだ色のスカート、煉瓦れんが色の革靴は、かつて父が履いていた靴のように磨かれている。

 彼女は妖精か天使なのだろうか。大きな瞳はと同じ黒色のはずなのに、宝石のような輝きを持っている。誰が見ても思わずため息をついてしまいそうなほどの美貌に、敦は束の間息をすることも忘れていた。

「不審な黒いアザのお話を伺いに参りました。……外でご依頼主を凍させる趣味はございません。どうぞ、今晩は貴方のから隠れてお話ししましょう」

 そう言って彼女は手を伸ばす。泥だらけで汚れた手を伸ばしかけ、彼女の白い手を汚してしまうのではないかと躊躇うも、彼女から手を掴まれて引かれていった。

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