第二話 屋敷の後継者
母親のいない家庭ではあったが、父は使用人を雇い、敦が寂しさを感じないよう、愛を目一杯受けられる環境で育ててきた。
それは10歳まで続いた。そこで、敦の人生の転換点は訪れた。
新しい母ができたのだ。
父は「いつまでも母親のいない家庭では周囲からの声がうるさい」そして「女主人を据えて家を切り盛りしてほしい」として、再婚したのだ。
「敦くん、っていうの?これからよろしくね」
そういって微笑んだ新しい母は、真っ赤な口紅が上品に輝いていたのを覚えている。
それから半年後、両親は死んだ。事故だったという。信号無視のトラックに突っ込まれた事故だったという。
「おい敦ィ!朝メシができてねえじゃねえか!」
毎朝の馴染みの怒号で目が覚める。今の時間は11時を過ぎたあたり。朝食と言うには遅い時間であったが、夜明け前から活動し、殴られた痛みを回復するために早朝から休んだら体感が狂ってくる。
両親が死んでから2年。それ以来学校には一度も行けていない。
敦の父には親戚がいなかった。瓜生家の最後の一人になっていたのだ。まだ一人で生きていけない敦を養育するため、父親になるという男が現れた。
「ご、ごめんなさい。い、今から作りますから!」
不潔なベッドから転げ落ちながらも、敦はメガネを勉強机から掴み上げて掛けると、焦点がうまく合わない。メガネは両親が事故の直前に与えてくれたものを何度もテープで補強して使っていた。
「おっせえよ!メシもロクに作れねえんならこの家から出ていけ!」
敦を養育して父親になるという約束を反故にしたこの男は、新しい母の弟だった。葬儀の時は太っていながらも愛想のいい笑顔で、敦に優しく声をかけてくれたのをお覚えている。
この男は葬儀が終わり、遺言状の公開が終わってから豹変した。この時公開された遺言状の内容を敦は知らない。ただ、紙を破り捨てて弁護士を家から追い出したのは覚えている。
昔から家に仕えてくれた使用人は全員解雇された。学校からは友達や同級生、果ては担任が来たが、その度に離れの倉庫に閉じ込められ、来客は言いくるめられて帰っていった。
「あ、朝ごはん、いつもので、いいですか?」
そうして恐る恐るお父様に伺いを立てれば、鼻息一つで無視をされ、連れ込んだ女性と二人上等な布団に転がっている。この場合は少しでも早く女性の分の朝食も作らなければ、持っている数少ない敦の私物を捨てられる。
そうして厨房に立てば、家のものとは思えない上等な塗りの椀と御膳が並んでおり、お父様はまた出前を頼んだのだろう。
敦は冷蔵庫に残っている食材で朝食を作っていく。男が来てからは料理をさせられ、使用人と同じ仕事をさせられているが、それを教わったことはなく、見様見真似でお父様の機嫌を取ってきた。
そうして味噌汁とわずかな食材の魚で塩焼き、最後に米をよそえば、お父様とお客様の食事が出来上がる。敦の分は鍋やお櫃に残ったわずかな分のみである。
「おい、まだなのか!」
「は、はい!今できました!」
そうして食器やゴミ袋に埋もれていた家の御膳で朝食を運んでいく。
敦の仕事はまだ残っている。
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